エコノミスト 2001年4月
アメリカ型経営のリスク
日本は浜松の小さな世界企業型を狙え
アメリカ的経営のコスト
アメリカ的経営を一言でいえば、株価に関心を置いた経営と言える。最近10数年間多くのアメリカ企業が経営に成功したのは、IT革命にリードされて株高が続いたからだ。アメリカではIT革命が威力を発揮しやすかった。
アメリカは広大な国であるから、例えばアッセンブル・メーカーは、日本と違って、重要部品のメーカーとフェイス・ツー・フェイスの親しい関係を作りにくかったが、インターネットを利用して広く全世界に発注し、eメールによって細かい技術情報の交換を重ねる内に、相手の技術水準が判り、優良な部品メカーを発見できる。これによって、部品メーカーとの技術的関係が弱いという欠点を克服できた。
アメリカには、未熟練労働力の厚い層があり、IT革命にリードされて、景気が上昇し、労働力需要が増大すると、この未熟練労働力層が雇用された。しかし、IT技術によって単純な労働が自動化されると、未熟練労働力のミスが減り、また仕事のスピードが速くなったので、生産性が目立って上昇した。日本のように、平均的に良質な労働力が揃っている国では、IT化の効果が少ない。
アメリカ経済には、一旦、景気に浮揚力がつくと、その力はますます強まるという性質がある。個人の金融資産の65%が株式であるから、景気が拡大して株価が上昇すると、資産効果が働いて個人消費が増大する。企業は株価を高めるために、合併、工場閉鎖、解雇、レイオフなどの荒療治を平然と実施し、経営資源を成長部門に集中する。
また株価が高くなると、ベンチャー・ビジネスの企業家は、巨万のキャピタル・ゲインを手にできる構造になっている。また経営者や従業員は給与の一部をストック・オプションで支払われる。そのため勤労のモチベイションが強まる。
IT関連のベンチャービジネスには、アマゾン・ドットコムのように、赤字続きでも、株価を上昇させるために、壮大な事業拡大戦略を続ける企業が多かった。株価は実際の期待利益とは無関係に上昇した。アメリカ的経営では、革新技術が工業化される時期には、株式市場に熱気が溢れ、高成長経済のエネルギーを創出するものだ。
ところが、一旦、景気が下降し始めると、激しい逆循環が始まる。昨年中頃から、IT株を中心として株価が低下し、逆資産効果が働き、個人消費が減少し、景気がさらに悪化して、株価は暴落した。投機的資金が集まらず、キャピタルゲインを狙った起業が激減し、経済の活力が失われそうだ。労働力需要が減少すると、未熟練労働力の雇用は激減し、IT革命の効果が現れにくい。いくつかの大企業は大規模な解雇に踏み切った。消費が冷え込みそうだ。どんな経済システムにも、いい点があれば、必ず悪い点があるものだ。
日本の企業が国際化して、世界の金融市場で資金調達し、また外国企業と提携するようになると、株価を高める企業戦略が必要だ。大企業の経営はアメリカ化しつつあり、そのために企業会計の時価評価等によって透明性を高め、また持ち合い株の解消や低稼働資産の処分などを行おうとしている。それは現在株価水準や地価の低下という悪影響を与えている。
多くの企業でリストラが進むとともに、従業員の企業帰属心はかなり減少し、また職務内容がはっきり決められるようになるとともに、スペシャリストの移動はかなり増えた。多くの仕事がアウトソーシングされ、また派遣職員が増えた。企業は株価の変動にあわせて、業務内容をダイナミックに変えられる基盤ができあがった。
私たち、日本人は集団で働くとき、どの国よりも素晴らしい威力を発揮するが、単独で会社を移動したとき、アメリカ人並の力量を発揮できるか疑問である。またアメリカ企業の強さは、優れた才能をもつ外国人もあまり才能のない外国人もうまく使いこなすことだ。
株価重視の経営を目標に作られたアメリカの企業組織は、異質文化の人達を使うのに適している。日本の企業がアメリカ化するためには、支払うべきコストがかなり大きい。
多分、これからの大企業は集団の力を重くみる日本的経営の色彩を強く残した企業と、相当国際化した企業に別れるだろう。自動車工業で云えば、トヨタ自動車タイプと日産自動車やマツダタイプになる。
中堅企業や中小企業には、経営内容のディスクロジャーに人手をかけ、株価に関心を払うよりも、経営資源を専ら新製品の開発に集中し、自己資本の充実に努めるという企業が少なくないだろう。
強力な日本的企業群
日本には、特殊な分野では、世界で独占的な地位を占めている中堅、中小企業が多い。代表的な工業都市である浜松市とその周辺を考えてみよう。ここはトヨタ、本田技研工業、スズキ、ヤマハ、河合楽器製作所等の国際的な巨大企業が生れ、また高柳健次郎博士のテレビ発明の伝統を受け継いで、光技術では世界のトップを走る浜松ホトニクスがある。ここには巨大企業の工場と中小企業群が集積している。中小企業群には優れたユニークな技術をもった企業が多い。幾つかの例を挙げてみよう。
光ディスク検査装置の独占的メーカーである「パルステック工業」、0.1ミクロン単位の計測装置の精度を判定する日本で唯一の企業である「浅沼技研」、アルミニウム、プラスチック、木材などの精密加工機械の世界的専門メーカーである「平安コーポレイション」、特殊なトランスフォー・マシンの専門メーカー「桜井製作所」、環境機器等ユニークな開発を続ける「オーム電機」を始め、特殊な分野で圧倒的な国際競争力を持つ従業員100名から200名ぐらいの企業が30社以上も発展している。
また、環境保全型土木工法の開発などをしている「ライト技研」ほか、特殊な目的の専門機械を開発生産する従業員20人程度の中小企業が500社も存在している。一例を挙げてみよう。「スペース・グリエイション」は、注文に応じて、レーザーによる多数箇所の自動測定器、マグロ釣りの餌の位置の測定器(膨大な水温データが必要)、自動車部品の加重・変位測定器等を開発生産した。多くの場合、運転ソフトも組み込まれて販売される。
このような性質の専門機械の競争力は強い。またその専用機を組み込んだプラントは、そっくり東アジア諸国に移転され、現地でそのプラントが稼働している場合が多い。
これらの中小企業の創立者の典型的なコースはつぎのようだ。彼らは発明マニアであり、中学生か高校生の時、企業を起こすことを人生の目標に決める。高校、短大、高等専門学校等を卒業する時、技能を研くコースを決める。決して4年生大学を選ばない。例えば、まず数年間大企業に努めて工場生産の基礎を学ぶ。次いで、零細中小企業に転職して、金属加工や設計図引きの技能を身につけ、30歳ぐらいで独立する。加工技能を蓄積しなければ、生きた金属の性質が理解できず、新型の機械や設備を開発できないそうだ。彼らは地元出身者だけではなく、就職のために浜松に来た人もいる。
浜松では、ホンダ対スズキ、ヤマハ対カワイを始め、同業で激しい競争を展開しているが、新規起業者に対して、かって勤めていた企業などが顧客の紹介や技術の援助を行っている。また起業資金は、かって成功した繊維業者や大地主が供給し、現在では株式上場によって膨大なキャピタルゲインを得た人や相場等で儲けた投機家などが出資してくれる。また国民金融公庫や地元信用金庫の融資が役立つことが多い。ここでは起業援助、ベンチャーキャピタル、育成融資のシステムが存在している。
しかし、それらのシステムが制度として存在しているわけではなく、起業に熱意を燃やした若い人々が独力で開拓し、創り上げたものだ。もと勤めていた会社は、独立するとき援助をしてくれるが、例えばこの会社から人材を引き抜かないこと等を条件にすることもあるそうだ。
残念ながら、過去10数年間では、こういう起業者の数が減ってきた。その第1の原因は進学率の上昇だ。優秀な若者が大学に進学するようになってしまった。中小企業が必要とする加工技能や開発のセンスは10才台から20才代の始めにかけて研かれるものであって、ほとんどすべての大学工学部には付属工場がないので、技能やセンスが磨けない。それは大学卒業後では遅すぎるそうだ。それは音楽、語学、スポーツの習得に似ている。
また大学卒はなまじ学問を習ったので、すべてが理論的に解決されるような錯覚に落ち込み、、素朴な疑問を感じたり、不可能と思われることに挑戦する能力を失ってしまうそうだ。起業者だけではなく、意欲に満ちた従業員がめっきり少なくなった。
第2はバブル経済の影響だ。技能よりも金融技能に興味を持つ人が増え、財務を重くみるようになった。またバブル経済崩壊後、秘かなベンチャー・キャピタリストが激減し、金融機関融資が厳しくなった。
第3はIT化が進み、新規事業の多くは本格的な技術が必要になった。また東アジアの経済力が向上し、台湾、韓国などでは、浜松の中小企業が得意とする分野に進出し始めた。日本の製造業の基礎を支えてきた中小企業の力が少しずつ衰退してきた構図だ。
しかし、ここへきてリストラが多い大企業を嫌い、企業を起こす人達が増えそうだ。浜松では3年前にヤマハが大規模なリストラを実施すると間もなく、起業数が増えた。製造業の底辺にはまだ力が残っているように思える。企業経営のアメリカ化は、同時に日本化への力を生み出している。
(浜松の企業調査はサントリー文化財団の研究助成による)