価値総研「Best Value」

2008年9月

アメリカ経済の苦悩

1. 完成した住宅ローン・システム

現在、人口30億人に新興国が、10億人の先進国を早いスピードで追っている。追う國の人口が、追われる國の人口の3倍に達するのは、世界史上希有な減少である。その結果いろいろな歪みが現れている。

今回は、アメリカ経済の国際的影響力が低下している問題を取り上げよう。まず、アメリカ経済の最近の動向を簡単に述べておこう。アメリカ経済では、2001年にITバブルが崩壊したたので、ブッシュ政権は01年から03年の間に2回も大幅減税を実施し、また連邦準備金制度(FRB)は金利を引き下げ、政策金利は01年の6,5%から、03年には1%になった。

その結果、住宅投資が伸び、住宅価格は上昇を続け、05年における住宅価格指数は、年率12%も上昇した。それは金利水準を上回ったので、値上がり利益を狙った住宅投資が活発になり、全米の住宅の資産価格は01年の10兆ドルから17ドルにまで膨張した。ITバブルに代わって、今度は住宅バブルが発生した。

低金利が続き、住宅価格が高騰すると、多くの人は広い住宅を買い、余裕がある人はセカンド・ハウスを買った。住宅価格の上昇とともに、住宅担保の消費者ローンの限度額が増大した。住宅担保の消費者ローンは金利が低いから、消費者ローンが拡大した。アメリカは、消費者ローンが多い國であって、遂に所帯当たりの消費者ローン残高は年間所得にも達した。アメリカ経済は01年以降、住宅投資と個人消費に支えられて景気上昇を続けた。

03年頃から、住宅債権の証券化が急速に拡大した。それには最新の金融工学が駆使された。住宅貸付が一段と伸びたが、そこに大きな問題が生まれた。
 先ず、第1に、住宅金融専門会社は、新しいローンの対象として、低所得層に焦点を当て、サブプライムローンを始めたことだ。裕福な階層は住宅ローンや消費ローンを金利の支払い能力の限界まで借りてしまった。新規の住宅ローン市場は低所得者しかなかった。サブプライムローンは、始めの2年間ぐらいは金利が7%ぐらいだったが、それ以後は17%ぐらいに跳ね上がるのだ。借り手は経済的知識を欠いていたので、地価上昇がずっと続くと予想し、勧められるままに借りてしまった。

第2に住宅専門金融機関は、その住宅債権を金融機関に売却して、その代金を再びサブプライムローンに充てた。つまり、住宅専門金融機関は信用創造を行い、住宅ローンはねずみ算的に増え、チェックする機構がなかった。

第3に、住宅債権を購入した金融機関(証券会社や住宅金融公社)は、中産階級以上が利用しているプライムローン、消費者ローン、教育ローン等多様なローン債権等を購入して、それらを混合して新金融商品を創った。例えば、1、信用力が高い金融商品、2普通の金融商品、3,やや落ちる金融商品等を作成し、それらを銀行や機関投資家に販売した。

証券会社や住宅金融公社は、低利資金を調達して、サブプライム・ローン債権を購入したので、大きな利鞘を稼ぐことができた。

第4に、格付け機関は、新金融商品をそれぞれの信用力に応じて格付けを行い、また保険会社が新金融商品の元利金を保証した。高い格付けの金融商品は保証料が安く、低い格付けの金融商品は保証料が高かった。世界の銀行や年金基金等の機関投資家は、格付け会社によって格付けされている上に、保険会社が保証している新金融商品を安心して買った。

2. 金融危機の到来

こうした住宅ローンのシステムは欠点がないように見えた。ところが、04年から金融引き締め政策が実施され、金利負担が重くなる一方だった。間もなく、住宅需要の伸びが止まり、06年の中頃には、住宅価格が低下し始めた。それ以後、住宅バブルは早いスピードで崩壊した。

アメリカでは、住宅ローンの債務者が元利金の返済を延滞すると、住宅金融会社は直ちに住宅を接収し、売却する。それは住宅ローンの対象は債務者ではなく、住宅であるという考え方からだ。住宅金融会社は04年から05年にかけて、巨額なサブプライム・ローンを融資した。住宅価格が低下し始めた06年以降は、金利が跳ね上がる時期だった。

大量な住宅が、元利金の返済を延滞して接収され、売りに出されたので、住宅価格は急速に低下した。07年には、マイアミやロサンゼルス等それ以前に値上がりが激しかった都市では、20~15%の低下になった。

住宅バブルが崩壊すると、住宅債権の証券化の仕組みが一挙に崩壊した。まず、第1段階として、サブプライムローン債権を含んだ新金融商品の価格は、10数個に毒が入っていただけですべての中国製餃子が値崩れしたのと同じように、価格が一斉に暴落した。
 第2段階では、低所得者層の住宅価格が低下するとともに、中・高所得層用の住宅にも過剰感が広がり、中・高所得者層も住宅を売り急ぐようになり、価格低下はすべての住宅に広がり、低下スピードが速まった。

第3段階には、銀行の財務内容が悪化した。新金融商品の市場価格が急速に低下すると、市場では売買が成立せず、時価を評価できない金融商品が増えた。その結果、銀行は金融商品の膨大な評価損を計上せざるをえなかった。銀行は自己資本不足に落ち込み、貸し渋りが広がり、住宅ローンや消費者ローンが減り始めた。

銀行はそれまでファンドに融資し、ファンドが膨大な新金融商品を購入していた。銀行は、不安が増したファンドに対して融資を止めた。ファンドは資金繰りのために、金融新商品を売却し、値崩れが一層激しくなった。銀行と証券会社の評価損合計は1兆ドルに達したと云われたいる。

第4段階では、格付け機関や保険会社の信用が失われた。格付け機関は上位に格付けしていた新金融商品の市場価格が、続々と暴落するのを見て驚き、後から格付けを下げので、存在意義を問われた。

また保険会社は支払保険額が増え、経営が危なくなった。その結果、保険会社による元利金保証は意味をなさなくなった。アメリカの債権を証券化するシステムの根本が揺すぶられた。

第5段階は金融危機の発生である。膨大な損失を受けた証券会社や銀行が生まれた。FRBが、08年3月に証券会社・ベア・スターンズに対し、新金融商品を担保として300億ドルの緊急融資を実施し救済した。それは日本で云えば、日銀から緊急救済融資を受けたようなものだ。同じ頃、シティー・グループやカーライル・グループは、アラブ首長国連邦やシンガポールの国営ファンに増資を引き受けて貰い、危機を克服した。

また、連邦の住宅金融公社の2社(住宅金融公社は2社しかない)が経営危機に落ち込んだ。住宅金融公社は直接的な住宅金融と住宅債権の証券化の2つの仕事をしている。ところで、住宅債権の元利金返済の延滞が増加するとともに、住宅債権を証券化した金融商品の市場価格が暴落を続け、遂に、住宅債権の証券化の業務に関して、両社合計の損失額が100億ドルを超えた。それは両社が住宅金融機関の破綻を防ぐために、住宅債権にかかわる金融商品を積極的に購入していたからだ。

この2つの住宅金融公社は、社債を発行して資金を調達していた。その社債は格付け機関から、最上位に格付けされ、世界の金融機関は、暗黙の政府保証があると判断していた。海外の金融機関全体で1兆3000ドルの資金が住宅公社債に投下されており、世界の公的金融機関は、合計7500億ドルを所有しているとる。

もし、住宅金融公社が倒産すれば、国際的な金融危機を誘発する可能性がある。7月にアメリカ政府は住宅金融公社の破綻を防ぐため、公的資金を投入することを決めた。

3. ドルの環流が鈍る

アメリカの銀行は、2001年頃から不動産の融資額を増やし、その結果、2005年には、住宅地の地価は5年前に較べて90%も値上がりした。アメリカ経済は住宅投資と個人消費によって景気上昇を続けたが、それとともに、アメリカ経済の消費過剰という問題が一層深刻になった。

アメリカは、国内で生産された物より遙かに多くを消費する国だ。その差は輸入によって埋められている。貿易収支は毎年8000億ドルを超える赤字になった。つまり、毎年、膨大な輸入支払代金(ドル)が、世界にばらまかれているのだ。

その正反対の國が中国である。中国を軸に考えると、中国は安い工業製品を世界に輸出して膨大な外貨を稼いでいる。しかし貧富の差が大きく、裕福層は一層裕福になり収入を使い切れない。また社会保障制度が未発達の上に、一人っ子政策が実施されたので、老後の生活が不安である。こうした結果、中国では貯蓄率が高い。

もし、中国の国民が収入を使い切れば内需が増え、輸入が増えるはずであるが、貯蓄が大きいので、生産した物を使いきれず、余った物を輸出している。そのため、貿易収支の黒字が拡大し、遂に中国は世界最大の外貨所有国になった。

中国は、その外貨によって、主としてアメリカの国債や証券を買った。つまり、アメリカが輸入超過額を決済するために、中国へ支払ったドルは、結局アメリカへ戻ってくるのだ。したがって、アメリカは貿易収支の赤字がどれだけ増えても、全く困らなかった。

05年頃まで、アメリカでは住宅ブームが続き、住宅の資産価格が急上昇し、それを担保にした消費者ローンが伸び、消費ブームが誘発された。こうして国内需要が膨張したが、中国から安い工業製品が続々と輸入されたので、物価が安定していた。

ところが、05年から住宅価格が低下し、07年から金融危機が広がった。中国が購入した証券には、400億ドルのアメリカ・住宅金融公社の社債が含まれている。しかし、中国政府は国債や社債を売るわけにはいかない。と言うのは、もしドルが暴落すれば、手持ちのドル建て証券が一挙に目減りするからだ。中国政府が宅金融公社の社債を売却すれば、公社が破綻の引き金になり、世界的な金融危機の引き金になりかねない。

またドル安が急速に進行すれば、中国の対米輸出が伸びなくなる。さりとて、リスクが高くなったドル建ての国債や証券を買い増すことはできない。貿易収支の黒字大国である日本や韓国も同じ事情にある。

アメリカの貿易赤字によって、世界にばらまかれたドル資金はアメリカに環流し難くなった。環流させるためには、アメリカの金利を高くする必要がある。シティーグループ等のアメリカの大銀行は、自己資本不足になった時、アブダビやシンガポールの国営ファンドに高配当を約束して、優先株を引き受けて貰ったのはそのためだ。

4. 原油投機と原油価格の上昇

ところで、中国経済は高成長を続け、購買力平価で換算したGDPは日本を抜いて世界第2位になった。また石油の消費量もアメリカに次ぐ世界第2位である。その他の新興国の石油需要は目覚ましい勢いで伸びている。折から、ドル安期待が世界に広がり、またアメリカの住宅金融公社の社債のリスクが高まったので、過剰なドル資金は安全な運用先を失った。

そこで。、過剰ドル資金が原油の先物市場に集り、原油価格が上昇の一途を辿り、その結果、莫大なドル資金が産油国に集った。大産油国は何れも人口が少ないので、それを使いきれず、世界の金融市場におけるドル資金の過剰に拍車がかかった。

産油国の産油収入は1兆円に達した。中国、日本、ロシア、韓国等の主要な貿易黒字国の外貨準備額合計は4兆ドルである。少なくても、そのうち、2兆ドルぐらいの資金が世界の金融市場を自由に異動できるはずだ。

原油を始めとする資源商品や食料は、新興国の長期的な需要が上昇の一途を辿るという予想が広がっている。投機資金が動き、原油価格が急騰の一途を辿り、一時1バーレル・140ドルを超した。

それとともに、世界経済はインフレ経済に変わった。2年ぐらい前まで、中国の安い製品が世界に供給され、世界の物価が安定していた。しかし、最近では、中国の沿岸地方で賃金が急ピッチで上昇し、また中国政府は今年から外資優遇措置は重要産業だけに絞り、また輸出助成政策を止めて、輸出主導型経済から内需主導型に変えることを決めた。安い中国製品は、次第に市場から姿を消すだろう。

ところで、欧州中央銀行は、EU経済の景気の先行きに不安があるが、7月始めに政策金利を引き揚げ、断固としてインフレを抑制する姿勢を示した。しかし、アメリカのFRBは経済が深刻な状況に落ち込んでるからそうはいかない。住宅投資や個人消費が不振である。その上金融機関は自己資本が不足し、信用を失い貸し渋りが広がっているから、金利を引き下げたい。それは、金融危機で苦しんだ10年前の日本に似ている。

アメリカの金利はEUよりかなり低いので、ドル安が一層進みそうだ。下手をすると、ドルの基軸通貨たる地位が揺るぎそうだ。

5. 複数基軸通貨の可能性

基軸通貨国は、1,大幅な貿易赤字を続けないこと、2,圧倒的な経済力を備えていること、3,世界の国々から、金融力、取引ルール、投資の安全性(軍事力)等について信頼されていること、4、普遍的な政治原理(例えば、民主主義)を守り、他国を侵略しない、5,その基軸通貨のもとで、世界経済は大きな混乱がなく成長できること等要件を満たしていなければならない。

現在のアメリカは貿易赤字が拡大し続けて8000億ドルを超え、アメリカ経済をEUに追い上げられ、中国が迫ってきた。アメリカの貸付債権の証券化技術は、バブル経済を煽るだけの結果に終わった。アメリカは、テロとの戦いに勝つことができなかった。イラクで汚い戦争を続けている。かつイラン、イラクという世界2位、3位の大産油国を敵に回し、かつ南米やアフリカの産油国には、反米的な國が多い。

さらにアメリカによるドルの過剰散布と新興国の急速な経済成長によって、世界経済はインフレに巻き込まれた。ヨーロッパでは石油価格上昇に抗議して各地で大規模なストやデモが発生し、発展途上国では、食料価格が暴騰したので数億人が飢えに苦しんである。工業国の大都市では、自動車通勤や自動車による買い物の回数が減った。個人消費は減少に向かっている。

明らかに、基軸通貨としてのドルの信用はがた落ちだ。中国や産油国は、徐々に外貨準備金をドル建ての証券から、ユーロ建てに移し、国際取引の決済でもユーロ建を増やそうとしている。中国はEU、東アジア、オーストラリア、アフリカ、ロシア等との貿易を多角的に伸ばし、アメリカに対する輸出依存度が徐々に減っている。

基軸通貨国は、巨大な経済的メリットが得られる。アメリカはドルを印刷すれば、そのよって世界から何でも買える。品物だけではなく、会社でも新技術でも買うことができる。しかし、現状では、ドル安傾向が続き、ドル資産を持っていると、目減りしてしまう。決済手段、貯蓄手段としてドルの地位が下がり、次第に、ユーロが重みを増し、基軸通貨の一翼を担いつつある。

アメリカは基軸通貨としてのドルを守りたい。ドルが信頼を回復するためには、アメリカの貯蓄過剰の経済体質が変わり、かつ輸出力が強まらなければならない。金融危機の発生によって、金融機関は借り手の返済能力を検討せずに、専ら住宅ローンや消費者ローンを拡大するという戦略を採用したことを反省している。また消費者はローンに依存した生活が永続しないことを知った。

アメリカの企業は、内需が頭打ちになったので、輸出を伸ばすはずだ。実際、円安になったので、輸入が減り、輸出が伸び始めた。しかし、アメリカの経済はかなり空洞化したので、2%程度の経済成長率を維持しながら、貿易収支赤字を4000億ドルぐらいの水準まで圧縮するのはかなり難しい課題だ。

アメリカの産業の足腰が弱くなった。テロを防止するための入国管理が厳しくなり、優れた頭脳の流入が減少し、研究開発力が低下しているという。また、幾つかの先端産業が弱体化した。例えば、低炭素エネルギーの一角を担う原子力発電所は、長期間にわたって建設しなかったので、建設技術の蓄積が失われた。金融機関の事務処理や、大型チェン店等の会計処理等に関するコンピューター・ソフトの開発や生産能力はインドに移転し、アメリカはその分野では、価格競争力を失った。消費財の多くは、中国製品に敵わない。

ところで、アメリカの大企業は、経営がグローバル化しているので、アメリカ経済が困難な状態になっても、全く苦しまない。すでに新興国で大規模な工場を稼働させており、高収益を上げている。また中国やインドに研究所を移転して、優れた頭脳を活用している。英語は国際語であり、アメリカ的なコーポレイト・ガバランスは、世界で通用する。

また、海外の資産は、ドル安になった時にドルで評価すると膨張するので、ドルベースの連結バランスの内容は向上するのである。

海外で獲得した利益を再投資して、利益を拡大できる。

したがって、ドル安傾向はとまらないだろう。次第に、基軸通貨はドル・ユーロの2軸になりつつ、世界経済のグローバル化が進むだろう。アメリカ経済の回復には、貯蓄を殖やし、供給力を向上させるための経済政策が必要だ。 以上

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