価値総研「Best Value」

2014年4月

中国経済の膨張と向き合う日本

1. 自動車工業の成功と環境破壊

中国の政策は実に巧妙であるが、成功すると深刻な環境問題等に苦しめられる。経済の中軸を担っている自動車産業に対する政策はその好例と言える。中国は、80年代始めに、乗用車産業の育成を開始してから僅か30年で、世界一の生産国に発展した。

中国政府は、まず、フォルクスワーゲン(VW)に中国への進出を依頼し、サンタナが生産されると、輸入車に高率な関税をかけ、サンタナを海外競争から守り、その代償として、品質が劣っている国産部品を改良して、使用することを要求した。10年後には、サンタナが使う部品の国産化率は85%に高まった。

政府は、VWが強力になり過ぎることを恐れた。ピラミッド状の部品産業群を基盤として、中国市場で独占的地位を固める可能性があるからだ。それを防ぐために、90年代にGM、トヨタ等、世界の巨大な自動車メーカーに対して、中国の国有企業と合弁会社を設立することを許可した。その際、国有企業が50%以上の株式の所有し、経営に影響力を行使できることが条件だった。

ところで、どの巨大メーカーもそれぞれ固有の部品を使用している。そのため外資との合弁会社の数が多くなると、国内部品は供給不足に落ち込む危険性がある。そこで、政府は部品に関しては外資の完全子会社を認めた。

たちまち、外資系部品メーカーが1700社も設立されて、合弁会社は高品質の部品を調達できるようになり、乗用車の品質が目覚ましく向上し、激しい競争を展開した。乗用車生産は、2000年以降の10年間で20倍になった。

中国政府は、需要の圧倒的な大きさを武器として、VW、GM、現代、トヨタ、日産、ホンダ等、外資に技術移転を強要し、近い将来、合弁会社の乗用車は、中国企業オリジナルのマークを付け、世界の自動車業界のトップに躍り出ようとしている。

2000年代に入ると、奇瑞、吉利、蛤飛、比亜迪、華晨等、外資と関係を持たない独立企業が急成長し、2011年における生産台数ランキングでは、奇瑞が6位、吉利が7位を占めた。これに対して、既存の大手メーカーである一汽、東風、上海汽車は、外資との合弁会社の経営に力点を置き、オリジナルな乗用車の開発は遅れている。

独立企業の戦略は、まず固定資産の負担を軽くすることだ。自動車業界参入に当たっては、欧米のメーカーから中古のエンジン生産設備や中古の組み立てラインを購入するというケースが多かった。次に、基幹部品は勿論、普通の部品も、市場で低廉な価格で購入した。車体の設計は、イタリアなどのファッション感覚に優れた会社に外注した。企業買収も積極的であり、吉利は、ボルボを買収した。独立企業は、内外に巧みに技術を継ぎ合わせて、低価格の自動車を生産し、発展している。

これに対して、外資との合弁会社は中・高級車を生産して中産階級を開拓し、マーケット・シェアが65%に達した。中国国政府は、多様な外国技術を吸収し、また、国有企業が合弁会社の大株主となり、満足している。外資は中国の乗用車市場が今後も膨張し、当分の間、合弁会社が高収益をあげるから、技術流出にともなうマイナスを十分カバーできると計算している。

中国の乗用車市場は、超高級車は輸入、高級車・中級車は合弁企業、低価格品は独立企業に分かれているが、今後、乗用車需要は、所得増大にともなって、セダン、ハッチバック、ミニバン、ワゴン、オープンカー、キャンピングカー、軽自動車、EV、電池自動車等、多様化するだろう。多様な電動バイクが生まれ、電動自転車や電動スクーターも増えるに違いない。

中国は、地勢、気温、村落の形態が地方によって著しく異なり、また貧富の階層格差が大きくなっている。日本では地方ではミニ・トラック、バイクが広く利用され、東京の都心ではキッチンカーが多くなった。

地方や階層ごとに異なる細かい需要に応えられるのは独立企業である。中国各地の独立企業は、内外メーカーからモジュールを仕入れ、狙った階層に適したデザインや価格の製品を生産できる。強力な独立企業がブランド力ある製品をつくる可能性がある。

政府は企業合併を推進して、規模の利益を追求しようとしているが、需要が増加し、かつ多様化している時には、合併は進まない。政府は結局模様眺めになり、独立企業が伸び続けると、出資して国有企業の形態に変えて、援助するに違いない。中国の政策は、形式的に原則が守られていれば、自由に変更されるという特色がある。白か、黒かを決めないで状況によって、どちらでも選択できるというのが、中国思想のエッセンスといえよう。

中国政府は、また、自動車の普及がもたらす空気汚染、交通麻痺などの外部不経済を解消する技術について、関心がなかった。中央政府も州も官僚システムが縦型であるから、自動車工業の育成と同時に環境や交通渋滞問題を検討するという構造に欠けていた。ドイツや日本の企業は、環境や交通システムに関する研究が深まっており、中国の国有企業は、それを導入するチャンスがあったはずだ。

今や、空気汚染が深刻になった。政府は外資に対しては、中国に総合研究所を設立して、エコ技術を研究開発し、それを合弁会社に移転することを要求している。国有企業が合弁会社の株式の50%を所有しており、経営をコントロールできるから、政府は技術の外資依存体制を少しも苦にしなかった。

外資にとって、中国の工場は巨大な消費地に立地しているという点で大きな魅力があるから、コストアップを抑えるため、ロボットを大規模に導入した。中国はロボット稼働大国に変わり、外資の一部はロボット製造部門を中国に移転した。都市全体がスモッグで覆われ、喘息患者が増えるなかで、自動機械で装備された新鋭工場が運転されているのである。

2. 中国がアフリカを覆う

中国の最大の悩みは、経済の高成長期が終焉に近づいていることだ。それは、貯蓄率が約50%と異常に高く、過剰資金が非効率な公共事業や、設備過剰の産業への投資が続いているためだ。

賃金を引き上げるべきであるが、賃金の上昇テンポが速すぎると、倒産企業が続出し、失業者数が膨大になり、深刻な社会問題が発生する。中国政府は、緩やかな賃金上昇率を保ち、福祉的な財政支出を増やし、かつ過剰蓄積の外貨を長期的な発展のために使いたい。

長期的発展の阻害要因は、エネルギー、鉱物資源、農産物等の不足であり、豊かな資源はアフリカに存在している。開発には現地の人脈形成と大規模な投資が必要だ。

今世紀に入る頃から、 中国の一流大学では、アフリカの留学生が急増し、立派な留学生会館が増えた。アフリカの21カ所に孔子学院(中国語学校)が創られ、毎年数千人の学生が選ばれ、中国政府の負担で留学している。将来、その中からアフリカ各国政府の幹部が育ち、中国との経済関係を深めるだろう。

胡錦濤前書記長は、就任中にアフリカを4回訪問し、18カ国を訪ねた。習近平氏は書記長に就任すると、最初のロシア訪問に続いてアフリカ3カ国を訪問した。彼としては7回目の訪問である。人脈造りの体制が出来上がった。日本は、2014年1月に、安倍総理が小泉総理以降初めて首相のアフリカ訪問を行った。

中国のアフリカに対する無償援助や銀行融資の額は、世界では飛び抜けて大きい。アフリカの資源国で、内戦が終結するや否や、中国の投資が始まると云われている。スーダン、アンゴラ、ナイジェリア、タンザニア、ガボン、カメルーンなど、エネルギー資源が豊富な国に大規模な投資契約を結び、開発を開始した。

13年に横浜で開催された日本主催の「アフリカ開発会議」では、日本は今後5年間で官民合わせて約3兆円の大型な投融資額を決めたが、中国はそれ以上の資金をすでに10年近くに亘って投入し、アフリカ経済をリードしてきた。対アフリカ貿易額は、日本の8倍に達し、世界1の地位を占めた。

中国のアフリカ投融資は独特な視点に立っている。1,内政に干渉しない。人権が守られていない独裁国でも、資源開発投資に応じ、必要なインフラも整備する。2,開発の対象には、都市住宅、学校・教育、病院、農業指導なども含まれる。3,相手方政府と密接な関係を保ち、投資の安全を守る。

中国人が工事現場で働き、また中国製品の輸出が増え、中華街が生まれ、現地の雇用を奪うという問題がある。しかし、今後アフリカと中国との経済関係が深まると、多くの中国人が永住して現地経済を握り、効率が良い柔らかな中国経済圏をつくり、経済成長を支えるだろう。すでに約100万人の中国人がアフリカに住み、経済活動に励んでいる。

また、アフリカや中東からのシーレーンを守るために、インド洋沿いの拠点に、港湾設備と内陸に向かうパイプラインを整備している。中国・新帝国主義が機能しつつあるといえよう。これに対して、日本は相当出遅れ、アフリカ在住者は8000名に過ぎない。

3. 日本語を普及する重要性

アジア諸国では生産技術が目覚ましく発展し、高級部品を生産できるようになった。日本企業は国内の系列企業からの購入を減らし、東南アジアに工場移転した企業や現地企業から購入している。

日本の企業は、過去10年以上にわたって設備投資を抑えたので、中国の新鋭工場の方が、国内工場より、自動機械やロボットが広く使われ、自動化しているケースが増えた。自動化とともに製品の品質が向上し、中国は、台湾、韓国、タイ等東南アジア諸国に対する部品や製品の供給基地になった。

日本の自動車メーカーは、潜在的需要、賃金水準、雇用慣行、税率、政治リスク等の要因を総合的に判断し、生産拠点をグローバルに展開している。タイで生産された製品が日本に輸出され、アメリカで生産された製品が韓国に輸出されているのも、その例である。

最近まで、日本企業にとって中国が最も重要な生産拠点になると思われていたが、労働力が減少に転じ、反日リスクがあり、欧米企業のブランド力が強い。日本企業の関心は人口が増加し、賃金水準が低い東南アジアに移り、タイを中国と並ぶ生産拠点と捉え、周辺の低開発国が部品生産地になってきた。

日本企業の多くは、生産や販売の拠点だけではなく、企画や研究開発部門も海外に移転したので、日本の工場や研究所は企業の世界戦略における1つの拠点に過ぎなくなった。それとともに、世界における日本経済の地位はかなり低下した。

日本は、かつて生産性ランキングで世界一だったが、現在は20位以下に低迷し、エネルギー効率は1位から3位に下がり、貿易収支の恒常的な赤字国に変わった。「物作り日本」は昔の話になった。

最近の製造業の生産額は、ピーク時に比べて30%近く低下したが、大企業・中堅企業の売上高や利益は、30%を遙かに超えて伸びている。それは海外生産を増やした成果であり、この傾向は止まらないだろう。

日本企業がアジア市場で中国、韓国、台湾、ドイツとの競争に勝つためには、現地社員とのコミュニケイションが不足しているという問題がある。特に、中国市場ではそうだ。

日系企業の品質を高め、稼働率を向上させるためには、現地社員に対する1対1の技術指導が必要である。まず設備機械の操作技能を鍛え、つぎに、機械設備が稼働する原理を教える。原理を知らなければ、設備機械が故障した時、適切な対応ができない。現地社員が、工場の稼働に参加できると、自然と改良意欲が生まれ、それを賃金に反映させれば、生産性が向上するものだ。アジアにおける競争力のポイントは、現地社員との会話能力である。

最近、英語教育が盛んになった。学者、経営者、商社マン、高級官僚等、特殊な職業の人には英語が不可欠であり、外資は英語が通ずる国に進出するだろう。

しかし、日本の製造業がアジア市場の競争に勝つためには、日本語を自由に話し、かつ日本の労使慣行を熟知した現地社員と、現地語を話せる日本人が必要であって、英語は役立たない。確かに、製造業の企業が世界に発展するためには社員の英語能力が必要であるが、アジアから留学生を増やし、たっぷりと日本語教育することの方がもっと重要である。

中韓両国の反日感情を抑制するためにも、東南アジア人との直接の情報交流によって、経済が堅く結びつく必要がある。



参照

「中国の成長産業の特色」竹内宏、Best Value 28号、2012年

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