価値総研「Best Value」

2005年4月

製造業の強さの源・熟練工の存在

新設野球部の強さ

甲子園の高校野球では、野球部が創設されて間もない高校が大活躍する場合がある。今年の選抜野球では神村学園、昨年では済実高校がそれである。済実高校は優勝し、神村学園は決勝にまで進んだ。部員数が100名を遙かに超える名門校が、新設野球部に負けるのである。今年の選抜大会では、準決勝に残った4校のうち、野球名門校は愛工大名電の一校だけだった。

何故、大人数の部員を抱えた名門校が敗れるのか。名門校では、部員が多すぎるので、秩序を保つことが必要であり、一年生は如何に巧くプレイできたとしても、6月頃までは球拾いだ。グランドは2年、3年の正選手に占領されている。相当に巧い1年生でも、実践的な練習時間は限られてしまう。

若い時には能力が突然向上するものだ。1年生の始めに下手でも、実践的な練習を重ねるうちに、突然に上達するかもしれない生徒は、その芽が摘まれる可能性がある。

新設の野球部では、1年生部員しかいないので、彼等はまるで正選手のように、運動場をいっぱいに利用して、充分な練習ができる。監督は1年生につきっきりで、それぞれの個性に合わせた指導を行うことが出来る。優れた監督が来てくれれば、3年間、実に効率的な練習ができる。

野心的な新設野球部は、目立った中学生選手を全国からスカウトしてくる。いい素材がマン・ツウ・マンで指導され、磨かれるのである。この1年生が、3年生になった時に成果が実り、甲子園で大活躍する。済実高校も神村学園もそうだった。ところで、高校の名前が全国に轟くと、野球部員の数が増え、一年生から3年生までぎっしり詰まるから、マン・ツウ・マンの練習が不可能になり、もはや甲子園での活躍が無理になる。

かって、徳島県の池田高校が強かった。山の中の高校だから、野球部員が少なかった。名監督の蔦氏が、日が暮れるまで、就ききりで指導し、昭和46年以来、15年間で春夏合わせて15回甲子園に出場し、49年には部員11名で出場して、準優勝した。通算すると、優勝3回、準優勝2回である。小さい町の県立高校であるから、幾ら有名になっても、大人数の野球部をつくれない。そこで、特に才能ある県内の中学生を選んで入学させた。少数精鋭主義である。蔦監督が監督であった間、この小さな高校野球部は強かった。

強い野球部をつくるには、才能ある素材を集めた上で、名監督による選手の個性に応じた長時間の教育指導が必要だ。

日本の製造業が強いのは、新設野球部が強いのに似ている。日本の平均的な教育水準はかなり高い。工場現場には、将来、会社の経営陣に加わる人材も配置されている。彼等は、従業員が長期雇用制のもとで、いろいろな職場をローテーションしながら、そこで1人1人オン・ザ・ジョブトレイニングを受け、幅広い技能を身につけるのである。定年まで、工場現場で働く人は、その工場の中で、いろいろな作業をローテーションして、技能を高め、優れた設計を製品化する担い手になる。

企業内教育と長期雇用

製造業の企業は、オン・ザ・ジョブ・トレイニング(OJT)によって熟練工を育てるという教育方針を変えなかった。最近、熟練工や熟練職員を中途採用するケースが増えたが、多くの企業では、生え抜きの熟練者が土台を支えているという構造には変わりない。

OJTは、具体的にはつぎのような内容だ。ベテラン社員が指導者になり、指導者は新人の前で実際に作業をやってみせる。次いで、新人が指導員の前でやってみる。その後数日すれば、指導員は自分の本来の仕事に戻る。新人は一人で作業し、分からないことが発生したときには、指導員のところに聞きに行き、終業時刻になると、仕事の成果を指導員にチェックしてもらう。こうして、徐々に仕事を覚え、半年もすれば、ラインで働く。

OJTは、大卒のホワイトカラーでも同じである。まず、やさしい仕事を与え、指導員が付きっきりで教える。少しずつ、難しい仕事を加える。OJTは「指導員が仕事をしてみせる。新人はそれを真似る」という教育の反復である。

仕事を一応こなせるようになると、ラインで働き、しばらくして慣れてくると、余裕を持って作業できる。そうなると、加工や処理に不良があれば、直感的に発見できる。新人はそれを熟練工に知らせて、熟練工の処理の仕方を覚える。1人前になると、不良品の発生を防ぐためには、機械設備をまえもってどのようにメンテナンスしておくべきかについて、意見を持ち、提案できるようになる。

1人前になってから、数年経つと、職場が変わる。それは今まで働いていた職場の前工程であったり、後工程だったりする。そ個で働くことによって、工場における仕事の流れ全体を理解できるようになる。

こうして経験と技能の巾が広がると、材料の品質、加工温度、加工速度等をどのように改善すべきか、といった高度な提案を行うことができるようになる。昔から「道具を一人前に使えるようになるには、その道具を作れるだけの腕前を持て」と言われたものだ。工程を改良できれば、堂々たる熟練工であり、効率を上げ、品質を高める能力を備えている。 日本の機械工業には、マン・ツー・マンのOJTによって育てられた、優れた技能をもつ従業員を大勢いる。現在も、機械工業が日本経済の成長をリードしているのはその結果だ。それは、優秀選手を集めた創立3年目の高校野球の強さに似ている。

自動車工業の熟練工(トヨタの例)

日本の産業の中で、最も強い産業は自動車工業である。自動車工業における熟練工の働きを述べてみよう。トヨタのカンバン方式は世界的に有名であり、カンバンは国際語になっている。その目的は、在庫をゼロに近づけることにあり、不良品がゼロの部品群が、この方式によって、決められた時刻に、決められた生産ラインの場所に、正確に淀みなく供給されるのである。

現場の労働者の仕事は、細かく「標準作業」に分けられている。生産を淀みなく進めるために、決められた標準作業を正確にこなすことが重要だ。そのためには、現場の従業員がまず、身体で標準作業を覚え、目をつむっていても、間違いなく、仕事をこなせるだけの「慣れ」が必要だ。つぎに、前の工程のおける加工が悪かったために、不良になった半製品が生産ラインに流れてきた時、一目見ただけで「おかしい」と感ずる直感が要求され、そうした小さな異常が発生した時には、ラインの流れを止めずに対処する機敏さが求められる。それができた時、1人前の熟練工である。

工場では休暇を取る者がいる。期間工やパートには突然休暇を取る人が少なくない。また、前の工程でトラブルが発生して能率が落ち、生産ラインの流れが悪くなることもある。こうした異常事態に対応して、生産を淀みなく続けるようにするのが、現場の管理者の仕事である。

熟練工は楽に標準作業をこなしているので、管理者は異常事態を乗り切るために、何人かの熟練工の標準作業を増やして、休んだ人の仕事の分をカバーする。また、熟練者の協力によって人手を絞り出し、前の工程に応援を出したりする。

管理者が威厳を持っていなければ、熟練者達は無理な仕事を引き受けてくれない。威厳の源は、まず、古くから、例えば、生産ラインが建設された時から、生産に加わりラインの流れを熟知していることだ。つまり、管理者の生産技能には、誰も一目置いているのである。

つぎに、現場の従業員について勤務評定をする権限を持っていることであり、最後に、人格が円満だという条件が必要だ。そういう人が、正社員、準社員、派遣社員、期間工、パートなどを束ねて、混乱なく、淀みなく、生産ラインを動かす現場の熟練管理者である。

現場の熟練管理者と熟練工とがしっかりしている企業は強い。そのために、首切りをしない、しっかりしたOJT教育を実施する、生活を保障する(トヨタでは社員用の老人ホームまで計画している)、役員・社員に一体化・平等感を出す(トヨタの役員給与は平均で3000万円であって、熟練管理者の2倍強である)、現場に仕事を任せる、といった経営姿勢が重要である。

ハイテクと熟練工

機械設備がハイテク化・自動化の一途を辿っているが、熟練工の重要性は変わらない。
普通の機械は、設計図がデジタル化されており、コンピューターがそのデジタル信号にしたがって、加工装置を自動運転させる。加工された製品が要求された通りの形になっているかどうかは最終的には熟練工の技能である。100分の1ミリぐらいの凹凸が生まれていたとする。熟練工は加工された表面を手でなぜるだけで、凹凸に気がつき、コンピューター・プログラムを変更するという作業に取りかかる。

大型機械や精密機械の仕上げは、熟練工の腕の見せ所だ。例えば、マシニングセンターではそれを構成する工作機械間の距離、自動溶接ラインの溶接ロボットの位置は、マシニングセンターが設置される工場の現場で熟練工が最終的な調整を行っているそうだ。

ハイテク機械でも熟練工の技が生かされている。例えば、半導体製造設備の露光装置は、その内部のユニットの位置取りには、1000分の1の精度が要求されるが、そんな精度でユニットを設置できる機械はない。熟練工が試行錯誤を繰り返して、正確な位置を決める。高級な自動機械つくれるかどうかは、熟練工のレベルに依存している。

ノーベル賞の小柴さんが、カミオカンデでニュートリノを発見できたのは、浜松ホトニックスが、世界最大の3倍という大口径光電子倍増管をつくったからだ。光電子倍増管は光センサーであって、その光電面に光が当たると、多くの光電子が放出して、光を電気的な信号に変える機能を持っている。大口径の光電子倍増管を沢山並べれば、時々、地球に降り注ぐニュートリノが検出できる。それまでにニュートリノは理論的に存在が証明されていたが、あらゆる物質を通り抜けるから検出できなかった。

宇宙から降ってくる多様な素粒子は、地下一〇〇〇メートルにあるカミオカンデに達し、さらにそこに設置された三〇〇〇トンのプールの水を通る間に吸収され、ニュートリノだけ残る。そのニュートリノは、プールの底や側面に張り巡らされた1万2000個の超大型光電子倍増管に突入し、レオンチェフ光を発するのである。小柴さんはこの微細な光の検出に成功して、宇宙史を解明する手がかりを掴んだ。

この超大型の光電子倍増管はまず優れたセンサー機能を備えている。つぎにカバーしているガラスに」品質が世界最高だ。透明度が高いので微細な光を通し、かつ巨大な水圧に耐えられる強さを持つっている。

優れたセンサー機能を持たせるには熟練工の匠の技が必要だったが、最も重要なのは、この特殊ガラスをつくれる職人がいたことだ。職人が、まず手作業で試作品の開発に成功し、次いで手作業を軸にした大量生産が行われた。海外の企業はこのガラスをつくれなかった。ノーベル賞の栄光の1部はガラス職人にいくべきだろう。最先端科学の分野でも、熟練工の技が必要だ。

統合型産業と熟練

機械製品は生産の仕方からみて、組立型と統合型に分けられる。集合型の典型はパソコンである。パソコンは、CPU(演算素子)、マザーボード、コントローラー、ハードディスクドライブ、キーボード等のモジュールを組み立てたものである。モジュールは、部品の集合体であって、それ自体が独立した機能を持ち、他のいくつかのモジュールと結合すれば、すぐ完成品になる。パソコンが好きな人は、希望の性能や希望のコストを満足させるように設計して、モジュールをバラバラに買ってきて、組立てることができる。

パソコンメーカーは、他社より優れた性能備えたパソコンや兎に角安いパソコンを設計し、全世界中から、安価で性能が安定しているモジュールを買い集め、組み立てるのである。パソコンの生産拠点は中国や台湾だ。

統合型製品の典型は自動車だ。自動車は2万から3万個の単体部品と1000個以上のモジュールから成り立っているが、それらの部品やモジュールは有機的な繋がりを持っており、それによっていろいろな特色を持った自動車がつくられる。

例えば、乗り心地の良い自動車をつくるには、エンジン、ボディー、トランスミッション、サスペンション、タイヤ、シート等、いろいろなモジュールや部品が静かでソフトな走り方をするように お互いが調和して動かなければならない。エンジンなら、どこエンジンでもいいというわけではない。他の部品やモジュールと有機的に、調和して動くエンジンが必要だ。

エンジン、ボディー、トランスミッション等の重要なモジュールは、統合メーカー(例えばトヨタ)の工場で生産される。部品は部品メーカーが生産する。技術水準が低いメーカーには統合メーカーから設計図が与えられる。これに対して、技術水準が高い統合メーカーは注文を受けると、設計図を作り、発注元の組立メーカーの承認を受ける。こうした承認方式の部品メーカーは品質の高い部品を生産する上に、開発能力を持ち自ら設計できるので、統合メーカーには、部品開発費を軽減できるというメリットが生まれる。

部品メーカーの技術水準を如何にして向上させるかは、統合メーカーにとって重要な課題である。重要部品では、統合メーカーは、部品メーカーの職員を受け入れてOJTを実施する。トヨタでは、同じ部品メーカーから40年間も、毎年1名から2名の職員を受け入れていたという例がある。送り始めて15年後に、この部品メーカーは、自ら設計し、かつ良質な部品を生産できるようになった。

その後も、職員を派遣している。

ところで、1社だけの部品メーカーとの関係が深くなると、癒着が生じ、コストが上昇する。そこで優れた技術を持った数社の部品メーカーと長期的な取引を続け、相互に競争させるのである。

垂直的統合の強み

日本の自動車メーカーが強いのは、先ず販売部門で発見された消費者の動向が、設計部門に反映されるからだ。設計された仮の新モデルは、生産部門や部品メーカーと実現可能な品質や生産コストについて、細かい摺り合わせが行われ、調整された後に、本設計になる。それに基づいて、生産ラインが建設され、作業の標準化が行われ、熟練従業員が配置される。

つまり、販売、開発、設計、生産の部門間で、またそれぞれの部門間で濃密なコミュニケイションが存在し、相互に細かく調整された後、現場でカイゼンが繰り返されるのである。

最近では、部品に多機能が凝縮され、モジュール化が進んでいる。また、1つのモデルに多様なバリエーションを付け、費用をかけないで製品を多様化している。そのため、部品メーカーと統合メーカーとの摺り合わせが一層深まっている。モデルのバリエーションが増えると、1つの生産ラインに多様な車種が流れてくるので、熟練工や現場管理者の役割が一層重要になる。

デジタル製品は、モジュールと部品を組み立てたものであるが、モジュールは統合的製品としての性格が強い。有名なアメリカのインテルは、パソコンの心臓部であるCPU(演算素子)に特化し、技術的総合力によって、圧倒的な世界シェアを握っている。

日本のデジカメは強かったのは、普通のカメラの分野で優れた人材を抱えていた上に、デジカメで「電子の眼」の役割を果たしている電荷結合素子、半導体、光学等の技術の集積が国際水準を抜いていたからだ。

液晶テレビやプラズマテレビの開発力が優れている企業は、何れも、液晶やプラズマのディスプレイを内製している。それはテレビの性能と深く関係するからだ。また、例えば、液晶の大型工場の周辺には、カラーフィルター、液晶表示用偏光板、ガラス基盤、バックライト等の部品や材料工場が立地している。それは摺り合わせがな能になるからだ。

部品から完成品まで垂直的な生産システムが確立し、かつ、それぞれの分野で技術的蓄積が多ければ、如何なる市場の変化にも機動的に対応して高品質の新製品を開発できる。 これに対して、世界市場でモジュールや部品を最低価格で調達して、製品を組み立てている企業は、低コスト製品を生産できるが、新製品開発能力や市場の要求にしなやかに答える能力を欠いている。東南アジアや中国には、単なる組立作業だけを行っている企業や単純な部品だけを生産している企業が多い。

企業は、技術、技能、従業員の帰属心、生活の保障、理念などが一体になった有機体である。分割して売買することはほぼ不可能だ。もし、禿げ鷹ファンドが日本の優れた製造業の企業を買収すれば、間もなく、その企業の力は、見るも無惨に低下するに違いない。

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