価値総研「Best Value」

2007年1月

国際秩序を揺り動かす中国

1. 世界を動かす中国

世界経済は、中国経済という巨大なマグマに乗って動き始めたようだ。中国のGDPは、過去10年間で2,5倍の1兆5000億円になり、それを日本のGNPに較べると、まだ30%強に過ぎないが、中国の元は購買力からみてかなり割安だから、実質的なGDPは日本の半分以上になっているだろう。

製造業の生産量を見ると、中国経済の大きさが判る。主要な工業製品の世界におけるウエイトは、テレビ、DVD再生機は80%以上、パソコン、携帯電話、オートバイ、エアコンはそれぞれ約50%、セメントと化学繊維は約40%、鉄鋼は20%という大きさだ。現在、自動車産業が外資系企業を中心として急成長しており、中国は、間もなく自動車の生産大国になる。

中国経済の特色は、輸出主導型の成長だ.。国民の所得は確かに急ピッチで増加している。しかし、農村人口が多く、また農業の生産性の伸びが低いので、製造業の供給力の伸びは、内需の伸びを遙かに上回っている。別の言い方をすれば、農村の人口圧力によって賃金水準が低くなり、それを利用するために外資が殺到し、低価格製品を大量に生産しているので、輸出が急増の一途を辿った。輸出がGDPの40%を占めており、輸出の80%が外資系企業の製品である。

中国の貿易額は日本を抜き、アメリカ、ドイツに次ぐ世界第3位になった。主たる輸出先は、EU、アメリカ、日本、香港、韓国の順であり、主要な輸出品目は、機械、家電、IT製品だ。中国の外貨準備額は、輸出が急増している上に、元高防止のため、政府が大量の外貨を購入しているので、急増して9000億ドル近くなり、遂に日本を抜いて世界最大の外貨準備国になった。その外貨準備額の七〇%近くは、アメリカ国債等のドル建て金融資産に運用されている。

2. 深まる米中経済関係

中国経済が世界経済に占める機能は、目を見張る勢いで膨張した。中国と主要工業国との経済関係は次の3つに大別される。第1はアメリカ経済との関係である。アメリカ経済の特色は国内需要が供給力を遙かに上回り、輸入超過にあるという点で中国経済とは逆である。アメリカ経済はドルが基軸通貨であるため、もともと輸入超過になり易く、それによって世界経済に流動性が供給され、国際貿易が円滑に展開した。

ところが、最近では、輸入超過の度合いが激しくなった。それは低金利と住宅投資減税に支えられて、住宅投資と個人消費が膨張し過ぎた上に、イラク戦争等の支出拡大によって財政赤字が増えたからだ。

アメリカに対して、中国・韓国、台湾が一般工業品を、日本とECが高級製品を輸出して、アメリカ経済の需要過剰をカバーした。アメリカ経済が破綻しなかったのは、この東アジア4カ国は、輸出によって獲得したドルをアメリカ国債等のドル資産の購入に充ててアメリカに環流させて、ドルの暴落や金利上昇を防いだからだ。最近では、中国の対米貿易黒字と外貨準備額は急膨張の一途をたどっている。

アメリカは、こうした対外経済関係を何時までも続けるわけにはいかない。対外債務残高が膨張し(国債を中国や日本政府に売却する等による)、すでに対GDP比が25%に達している。昨年における貿易赤字の対GDP比率は8%であるから、このまま推移すれば、数年のうちに対外債務の対GDP比率は50%になるだろう。

ごく大雑把な計算であるが、金利を5%、対外債務のGDP比率を50%とすれば、毎年GDPの2,5%が対外金利支払いに使われることになり、それだけ経済成長率が抑えられる。長期的な経済成長率がゼロ成長近くに転落するかもしれない。経済成長率が低く、かつ対外債務が巨額に達している国は、どれだけ軍事力に優れていても、国際的な信用力を失っており、国債は金利を高くしなければ売れない。そうなると、ドルが暴落する可能性が生まれる。

中国政府が、アメリカ政府の要求を入れて、元を大幅に引き上げれば、危機は一時的に去るかもしれないが、アメリカ経済が需要過剰であるのに対して、中国経済が供給力過剰という状態である限り、根本的な解決にならない。中国の輸出主導型成長が、アメリカの経済基盤をじわじわと浸食しており、アメリカは防ぎきれないかもしれない。

第2にはEUであって、中国から繊維、家電、IT製品等の工業製品の輸入が激増して域内企業が打撃を受けている。勿論、対中貿易収支は大幅な赤字であるが、しかし対米輸出が伸び、貿易の総合収支は黒字になっている。

第3は日本であって、中国に対して、高級な機械装置、素材、部品を輸出し、繊維、雑貨、家電等を輸入している。世界市場では日本製のような高精度・高性能な製品が見当たらないので、日本からの輸入が増え、日本の対中貿易収支は大幅な黒字になるという構造になっている。

3. 独裁国家・文明国家の強み

中国経済の将来を展望するために、その成長を支えている仕組みを纏めてみよう。中国は強力な政府を持った独裁的国家であり、また土地は国有である。工業化の担い手である地方政府が、工業を育てる時には先ず安い保証金を支払って、農家から土地を収用し、その土地使用権をディベロパーに高い価格で売却するのである。ディベロッパーは地方政府系の第3セクターである場合や外資系企業の場合がある。地方政府はこの利益を道路や上下水道等のインフラ整備に使うのだ。

次に、地方政府は外国企業を誘致するために、税制上の優遇措置をつくり、また大きな市政府は海外に設置した事務所を通じてPRを展開する。進出した外資は工場生産を通じて、技術や労務管理等の必要技術を現地従業員に移転する。ついで国内企業が、そうした現地従業員を雇用し、海外技術を模倣して生産を始める。

中国経済の強さは大量な低廉労働力の存在である。農村では穀物の価格が低く抑えられているので、現金収入が少ないにも係わらず、農村も市場経済化されたので、生活にはますます現金が必要になり、農家の子弟は職を求めて続々と都市に出ている。

ところで、中国の戸籍には農村籍と都市籍があり、農村籍の人は都市で職を失うと農村に戻らざるを得ない。というのは、農村籍では子弟を都市の公立・小中学校に入学させられないからだ。農民は都市で数年間、低賃金労働に就き、都市インフラの負担を増やさないために、不要になった時には農村に追い返される。沿岸地域の都市住民の多くは豊かな生活を営んでいるが、それは都市の工場で低賃金・長時間労働をしている農民のお陰だ。

農民は都市に出て豊かになりたい。若者は大学を卒業して都市に就職すれば、都市籍を貰える。最近は戸籍の区分が緩やかになり、都市の工場で昇進すれば都市籍に変われる。また沿岸地方では労働力が逼迫し始めたから、長く勤めたり転職を重ねるのが可能だ。

都市と農村との貧富の格差が大きくなり、社会不安が溜まっている。しかし、工業の発展とともに、都市における雇用機会が増え、また工場が沿岸地方から賃金の低い内陸に移動しているので、暴動が内乱に拡大する可能性は少ない。また貧しい農民がまだ一〇億人近くも存在し、その多くが文字を理解し、かつ工場で働きたいという意欲を持っている。これが中国の強みといえる。

アメリカやECにしてみると、今後10数年間に、数億人が新たに工業に従事し、その膨大な供給力のごく一部を輸出に向けたとしても、大打撃を受けるに違いない。中国の直ぐ後にはインドが続いている。

インド政府は、91年に、国家による独占産業を民間企業に開放し、また民間企業の投資規制を撤廃した上に、外資に対する規制を大幅に緩和した。その後年率6%の高い経済成長を続けている。プログラム、設計、製図等のIT関連産業が目覚ましい発展を遂げ、IT関連産業の売上高は、7年間で6倍の300億ドルになった。主たる発注者はアメリカ企業である。ITソフトの輸出額は工業製品のそれを上回っている。

人口13億と11億の巨大な国が成長期に入り、両国とも4000年以上の歴史を持ち、ヒンズー教、仏教、儒教といった壮大な思想体系を築いた文化国家だ。そこでは、15世紀までは、世界で飛び抜けた先端技術をもち、絹織物、綿織物、茶、砂糖といった当時の基幹産業が栄え、ヨーロッパ人は、それを輸入するために、大航海時代に入った。

文明の成果は確かに残っている。中国は多言語国家であるが、大部分の言語は漢字で表現され、昔から筆談すれば理解し合えた。また、強力な官僚制度が100年以上にわたって生き続け、文字や儒教とともに、国家の統一性を維持する力だった。

インドは、多言語、多宗教国家であるが、エリート層は英語を自由に話し、イギリスの植民地の時には、独立運動のリーダーは軍人ではなく、ガンジーのような文化人であり、イギリスの暴力的な支配に対して、無抵抗主義を貫いた。1947年の独立後は、複数政党を基盤とした議会制民主主義がずっと守られた。

両国とも、長い歴史や文化と、核兵器と長距離ミサイルの軍事力によって、国際政治における最有力なプレイヤーになれた。その上、経済成長を支える貧しい人々は、両国とも一〇億人近くいる。今世紀中には、300年続いた西欧支配の歴史は終わるかもしれない。

4. 対中戦略としてのEU・NAFTA

アメリカ経済の強みは多民族国家であり、良質な高級労働力や低廉な単純労働力の一部を移民に依存している。カリフォルニア州では、シリコンバレーのハイテク・ベンチャー企業の経営者や技術者には、大勢の中国人とインド人が働き、また農業や流通サービス業における単純作業は、中南米移民が担っている。

非合法の移民が絶え間なく続き、その数は累計一二〇〇万に達した。今年の五月一日に、不法移民が取り締まり強化の法案に反対し、一斉に職場放棄するという運動が起きた。その日には、カルフォルニア、フロリダ、アリゾナ等の州では経済活動が事実上停止し、不法移民の重要性が認識された。

合法移民は永住権を得るために、また不法移民は強制送還されないために、法を守り低賃金に耐え、アメリカンドリームを求めて、真面目に働いており、。移民の低賃金がアメリカの農産物価格やサービス価格の安さを支えている。中産階級以上の人達が豊かな生活を営んでいるのは、中南米の移民の低賃金労働のお陰だ。

中南米移民は、中国で云えば都市に出た農民である。アメリカでは、ヒスパニック文化が強くなり過ぎる上に、テロリストが潜入するかもしれないから、移民制限の機運が高まっている。望ましいのは、NAFTAの形成であり、関税をなくし、投資を自由化し、さらにメキシコで製造業を育成すれば、低賃金を利用した工業が発達し、中国経済に対抗可能な人口4億人の巨大な北米経済が誕生するはずだ。

NAFTAが形成されたのは、中国政府が本格的な市場経済化を決意した鄧小平の南巡講話(一九九三年)の翌年だった。その2年前には、インド政府が封鎖経済から開放政策に転換した。

ところで、ドイツやフランスでは、家電、IT、繊維・雑貨等の産業が中国に呑み込まれそうだ。それにも拘わらず、労働組合が強く、賃金は高止まりしているので、中国に対抗するためには、豊富な低賃金労働力がいるフロンティアを捜さなければならない。

低賃金の賦存しているのはスペイン、ポルトガル、ギリシャ、アイルランドといった経済的な観点ではヨーロッパの僻地に当たる国と旧共産圏の国だ。EUは九四年には一五カ国体制になり、2004年にはポーランド、チェコ、ハンガリー等の旧共産国六カ国を含めた拡大EUに発展した。

ドイツ、アメリカ、日本、フランスからEUの中の低賃金国への投資が増えたため、低賃金国が成長し、高賃金国は失業の増大に悩むという対称的な動きになった。しかし、長期的にみると、低賃金国で製造業が成長すれば、低廉な部品や組立製品が高賃金国に供給されるから、ともに分業のメリットを享受して、成長できるはずだ。EU経済圏の人口はは3億人であり、成長力を備えれば、中国やインドを恐れる必要はない。

5. 中華思想の盛り上がりと摩擦

中国のGDPは多分10数年後には日本のそれを、30数年後にはアメリカそれを抜いて、未曾有のスケールの経済大国になっているだろう。アメリカが、中国の経済的と戦う最も武器は、人権や市場経済の思想である。

もし、中国政府が西欧的な人権を正しいと認めたならば、農村籍と都市籍との差別を廃止し、また見せしめのために経済犯を死刑にするという刑罰を止めなければならない。政府が子供の数を決めたり、問答無用の姿勢で住宅を強制収用することも、人権侵害だ。

市場経済化には、まず企業の経営内容をディスクロジャーする必要がある。現在、中国経済における最大の問題は銀行が抱える巨額な不良資産であって、不良資産比率が20%を超えている大銀行が少なくない。もし銀行が不良資産の内容を公表し、大口不良貸付先が国営企業であることが判明すれば、社会不安が広がり、取り付け騒ぎが起きるかもしれない。

中国経済の効率化には、国営企業の民営化が必要であるが、官僚や党幹部の天下り先である国営企業のポストが激減するため彼等の忠誠心が失われ、政府の統制力が低下する可能性がある。そうした時に、もし国民が人権に目覚めたら、中国は大混乱に落ち込むだろう。

考えてみれば、中国は、有史以来、300年前まで世界の文明の中心であって、中国中心の秩序を守るという強い自負心を持っている。その秩序の思想的背景は儒教であり、それは祖先を尊び、家族を大切にし、主君に忠誠を尽くすことを教えた。そういうモラルを持った官僚が君主に仕えて、秩序だった国家づくりに励んだ。

中国は、そもそもこうした血縁による共同体を基盤として、父のような厳しい君主が統治するという国であり、毛沢東も鄧小平も厳しく統治した。歴史の長い国では、地縁や血縁といった伝統的な社会が生き残っているものだ。日本は近代的な政治・経済体制に変わってから、150年近く経ったが、まだ1500年以上も延々と血筋が繋がっている天皇が国家の象徴であり、総理大臣や代議士には、血縁・地縁に支えられた2世が多い。

中国では、現在でも、父のような存在であるべき国家元首に対する批判は好ましくない。また個人は共同体の一員であって、自己責任を持って行動する独立した個人や、価格メカニズムの沿って行動する自由勝手な個人は、概念上存在しないに違いない。個人は社会から規制さるべき存在であって、その規制がなくなれば、巨大な多民族国家は崩壊するかもしれない。

6. 欧米の統合・東アジアの分裂

これに対して、アメリカは、歴史や文化が異なる移民の国であるから、血縁・地縁というようなインフォーマルな社会が弱く、独立した人格を持った個人しか存在しないので、価格メカニズムを尊重するという共通のルールが形成された。アメリカの一流大学は社会科学の分野でも世界最高の水準を維持し、人権や市場経済に理論的根拠を与え、それを普遍的な価値にまで高めた。

アメリカはこの普遍的価値を中国を始めとして、歴史が長い国にも押しつけることによって経済的覇権を目指している。アメリカの大学には、10万人近い中国人留学生が学んでいる。また中国に進出したアメリカ企業はアメリカ的経営を採用しており、聯想のようにIBMのパソコン部門を買収した企業は、アメリカ的なルールに沿って経営せざるを得ない。

中国経済の成長にとって、対米輸出は重要であるから、アメリカからの人権や市場経済化に関する要求を無碍に拒絶できない。アメリカに思想面で妥協しつつ、伝統的な思想を維持して国民に国の威信を示す必要がある。代表的な伝統思想は中華思想であり、この思想の端的な現れは、国境問題では絶対に譲歩しないことだ。中国は過去50年間で中国は国境問題でアメリカ(朝鮮戦争)、ソ連、ベトナム、インドと戦い、チィベット、台湾、新彊ウイグルの独立を絶対許さなかった。

現在、中国は日本とは南シナ海の石油資源や尖閣諸島で、アメリカとは台湾の独立を巡って争っている。なお、韓国も儒教国家であて、小型な中華思想(国際秩序では日本の上になる)が強いから、竹島問題では非妥協である。

ところで、欧米をみると、EUには確かに複雑な国境問題が存在しているが、その存在を認めつつ、まず経済的な国境を取り払うことに成功した。ユーロ圏では実際の国境が消え、自由に通行できる。アメリカは北米自由貿易協定によって、経済的な国境を低くしようと努力している。

これに対して、東アジアでは、自由貿易圏や為替相場の安定化が強く求められ、また国際的な直接投資が一層活発になっているが、同時に、中国的秩序とアメリカ的政治・経済ルールが対立し、中国は、エネルギー資源獲得競争では、アフリカの大国のナイジェリアでアメリカ・メジャーとの利権獲得に競り勝ち またベネズエ、イラン、ボリビア等の札付きの反米産油国との関係を深めている。アメリカがイラク戦争で苦戦しているうちに、ロシアと組み、反米産油国の結束を固めている。

日本は、はっきり軸足をアメリカ側に置き、また、国内世論は反中・反韓意識が高まってきた。東アジアは経済成長力があるから、残念ながら、分裂するエネルギーを持っている。 以上

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