アジア動向

静岡新聞論壇 5月8日掲載文

技能より学問の国の悲劇

経済成長で歪みが蓄積

韓国は自殺がない儒教国家だった。しかし、急スピードで経済強国に成長する過程で伝統的な倫理・慣習が破壊され、多様な歪みが蓄積されたので、自殺率が上昇して現在では10万人当たり34人と世界第2位という異常な状態になった(日本は24人)。 韓国には、武術や技能より学問・倫理を尊ぶ両班の伝統があるため、経済発展とともに大学進学率が上昇し、70%を超える高さになった(日本は50%)。一流大学の入学試験は激烈であり、入学後は財閥企業へ入社するため猛烈に勉強し、また海外留学する学生が多い。

儒教国家の基礎は、祖父母を中心とした大家族制にあったが、経済発展の過程で人口が大都市へ移動すると核家族化が進み、所得は、子供の教育費に投入された。塾通いを始めとする教育費が膨張し、子供を2人持つと、十分な教育を与えられない。少子化が急速に進み、出生率は1.2人を割った(日本は1.4人)。

核家族では子供の教育費が増加して、両親の世話をする経済的余裕がない上に、若い退職年齢、低い年金給付額、少ない公的扶助等の理由によって、孤独で貧困な高齢者が激増した。

若い世代では失業率は3%台であるが、実質的な失業は20%を超えている。韓国経済を支えている財閥企業は、市場を世界に求めて、工場を国際的に展開しているので、国内では雇用が増えない。ソウル大学等名門大学を卒業しても、就職できない人が多く、彼らは就職予備校、公務員試験予備校、大学院等に通い、不安な生活を送っているが、統計上は失業者に入らない。

韓国人は、学問を尊び、抽象的理論や倫理問題を熱心に研究するが、手を汚して現場で働く仕事を軽蔑している。財閥企業でソフト開発の仕事を希望する人は多いが、工場現場で、汗にまみれて高級部品や素材を開発・生産する仕事を望む人は少ない。現在でも、高級部品・素材は、日本からの輸入や、日本企業の韓国工場からの供給に依存している。

伝統的儒教モラル崩壊

製造業では中小企業が発達しないから、雇用が増えない。韓国は、世界一の教育国でありながら、大学進学率が25%のドイツに高級機械の分野では敗れている。また、「就業者と失業者」、「現役世代と老人世代」との格差がそれぞれ拡大し、かつ一族で助け合う伝統的な儒教モラルが崩壊して、熱心なキリスト教徒が増えている。

韓国は歴史や慰安婦問題では、倫理的な論理の組み立ての優秀さを遺憾なく発揮した。しかし、現場で同じ仕事を正確に繰り返して、技能を身につけることの重要さが認識されず、また、儒教の後退とともに日常の倫理が希薄になったが、それを埋めるべきモラルが準備されなかった。民主政権は20年の歴史しかないので、多くを官僚の縦型組織に依存する体質が抜けていない。

不幸にも、セウォル号沈没事件でこうした欠陥が集中的に表れ、朴政権は立ちすくんでしまった。

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