アジア動向

静岡新聞論壇 4月17日掲載文

ユーラシア中央部の歴史動く

偉大なトルコ系の民族

3人の横綱がモンゴル人だけになり、いずれも流暢な日本語を話すので、モンゴルは日本に近い国のような気がするが、静岡大学の楊海英教授によると、モンゴルは、西を目指して発展した「脱亜入欧」の国であり、昨年11月には、欧州安保協力機構に加盟した。

モンゴル人は、トルコ系の民族であり、モンゴル語とトルコ語はよく似ている。モンゴル人の宗教はチベット仏教であるが、モンゴルの西部には、イスラム教徒が多く、トルコ語を使っている。

トルコ系民族は、漢民族と並ぶ偉大な民族である。永田雄三・羽田正・両氏によると、トルコ系民族は、5世紀頃から、突厥、ウイグル、セルジュック朝、オスマン朝など巨大国家を生み、ユーラシアの西半分で、千年に及ぶ偉大な「トルコ・イスラム文明時代」が出現した。

モンゴル帝国は、13世紀にユーラシア大陸の東海岸から東ヨーロッパまで征服して、アジアとヨーロッパとを結合する巨大な流通ネットワークを築いた。イスラム教は、その流通ネットに乗って、トルコ系民族全体に広がり、現在では、アラブ民族とともに、広大なイスラム圏を形成している。

アメリカは、1990年代からイスラム国を西欧的な民主主義国に変えようと軍事介入を開始し、2001年におけるニューヨーク・同時多発テロの発生以降、アフガニスタンやイラクと本気になって戦ったが、イスラム教の部族がつくった軍隊には勝てなかった。今やすっかり戦争疲れし、国内経済の成長を優先すべきだと世論が強まった。

政府はそれに応じて、社会福祉への財政支出を増やし、軍事費を3年間で15%もカットした。アメリカは、世界の警察としての機能を放棄し、シリアやウクライナ紛争でも、軍事行動を起そうとしない。世界はアメリカ一極時代からゼロ極時代に変わった。

ゼロ極時代の世界変化

イスラム教徒は自信を持った。ゼロ極時代では、ゲリラとテロを巧みに使えば、ユーラシア大陸の中央部に広大なイスラム文化圏を復興できるかもしれない。中国の新疆ウイグル地域は、イスラム文化と中国文化が接触している摩擦点である。

そのため、暴動・テロ事件が頻発し、12年には190件に達し、10年前の10倍に増えた。昨年には天安門への4輪駆動車突入、ホータン暴動、今年には死者29名の昆明駅テロ等、大型事件が発生した。

イスラム教は、全てを神に委ねた信者の共同体である。共同体を破壊しようとする異教徒には死を賭したジハードを辞さないが、共同体のメンバーの過ちに対しては寛大であり、責任を追求しない。神が支配する社会では、個人は努力するが、結果はすべて神が決めるので、個人の責任という観念が存在しない。イスラム教徒は気楽な人生を過ごせる。

ゼロ極時代の世界では、各地で摩擦を伴いながら伝統的な価値観が復活している。モンゴルからバルカンに至るユーラシアの中央部では、人為的に作られた国境を越えて、イスラム共同体を創るという壮大な運動が始まった。

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