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静岡新聞論壇 10月23日掲載文
全国に広がったノーベル賞学者
基礎科学の水準が向上
最近の日本人のノーベル賞受賞者をみると、日本の基礎科学の水準が向上したことが判る。まず、多様な民間の研究者が受賞した。大企業で働く研究者・田中耕一氏、企業と大学をそれぞれ2回も勤め直し同じ研究を60年間も続けた赤崎勇氏、中堅企業で雑用を拒否して冷遇を甘受しつつ、人生を賭けた研究を続けた中村修二氏など、自我を押し通して、素晴らしい成果をあげた。
つぎに、受賞者の出身大学は全国に分散し、旧帝国大学の他に、長崎大学、神戸大学、徳島大学などが加わった。天野浩さんは、18年間も名城大で教鞭をとりつつ研究を続けた。大雑把に言って、日本では、100大学ぐらいが、ノーベル賞級の研究者を生む力をもっているように思える。
振り返ると、2008年に鬼才・益川敏英氏が物理学賞を受賞した。彼は名古屋大学で、坂田昌一、武谷三男など、左翼思想家として有名な物理学者の弟子として育った。彼は多分その頃から反米的思想家だったので、留学や英語に関心がなく、国際会議に招待されても全て断った。
彼の論文はノーベル賞を同時・受賞した小林誠氏によって翻訳された。ノーベル賞受賞のため、ストックホルムに出掛けた時が、彼の初めての海外旅行だった。受賞講演は「英語が話せないから」という理由を英語で述べた後、日本語で行い、大拍手を受けた。彼は、日本国内だけで行った研究が、ノーベル賞レベルに達していることを内外に示した。
これに対して、経済学賞は殆ど全てアメリカ人が受賞している。アメリカでは、資産の証券化が異常に進み、リスク分散のため、多様な金融技術が次々と開発され、また、アメリカの財政・金融・貿易政策は、世界経済を左右する力を持ち、外交的な有力な武器になるから、経済学者は実践的で説得的な経済モデルの構築に励む気力が生まれる。
日本ではそれほど緊迫した要請が少ないので、経済学のレポートはアメリカの学説に触れつつ日本経済を説明するという内容が多く、ノーベル賞から遠い距離にある。
社会の本質に迫る経済学
ロバート・W・フォーゲルは、1993年にノーベル賞を受賞した。彼は古い資料を集め、最新の統計理論を駆使し、奴隷が白人労働者より効率よく働き、生産性が高く、黒人の素質が白人に劣らないこと証明した。南北戦争の前後の20年間では、アメリカ南部の農業生産性は北部より25%も高かった。
雇用主は、「働き手」としての奴隷の健康を気遣い、良い食事を与えた。子供は16歳になると売られるが、それは独立の良いタイミングであり、良質な奴隷になった。彼は強烈な人種差別反対論者であり、その根拠を示すために、経済学の手法を使って長い期間研究した。共同研究者の奥さんは黒人である。
経済学は、本来、こうした社会の本質に迫る学問でもある。最近、世界経済は低迷し、人種間・宗教間で武力衝突が頻発しており、広い観点に立つ経済学が必要になっている。アジア社会を知る日本人が、経済学賞をもらう日が近づいている。