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静岡新聞論壇 6月5日掲載文
一次大戦後、100年の危機
覇権国の地位失った米国
今年は一次世界大戦後100年になる。6月に、サラエボでセルビアの青年がオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者夫妻を暗殺し、それを切っ掛けとして、瞬く間に、戦場がヨーロッパから、世界に広がる植民地まで拡大し、航空機、戦車、機関銃、毒ガス等の新兵器が使われ、最後にアメリカが参戦して、ドイツ軍の息の根を止めた。
当時のバルカン半島では、キリスト教、ギリシャ正教、イスラム教の国が領土争いを展開していた。後発工業国だったドイツは領土を拡大する強い野心を持ち、オーストリアの対セルビア戦争を援助したので、ドイツを恐れるロシア、フランス、イギリスを中心とした世界戦争が発生した。4年間の総力戦によって、ヨーロッパ経済は破滅状態になった。
一次世界大戦後、間もなく、深刻なデフレ経済が発生したので、当時の先進工業国は市場拡大を求めて、領土の拡大や植民地争奪の戦いに走り、武器生産の拡大によって内需が刺戟された。
ソ連、日本、ドイツは、アメリカとヨーロッパ戦勝国を軸とした一次大戦後の覇権体制に刃向った。一次大戦後、間もない時期なので、領土や植民地争いの戦争は、世界や国内から非難され、また総力戦の支えになる国民の総意を得られないので、戦争の名目が必要だった。
アメリカの名目は、ウイルソン主義による自由平和な世界の創造であり、ソ連はレーニン思想に基づく世界の労働者の解放だった。日本は白人支配の秩序を打ち破って、有色人種の大東亜共栄圏の建設を目指し、ドイツは古代ローマや神聖ローマ帝国を復活する第3帝国の創設だった。中西寛氏(京大)によると、二次大戦は4カ国による世界制覇の準決勝であり、米ソ両国が決勝に残った。
四十数年間の米ソ冷戦は、アメリカが圧勝に終わり、1990年代には、アメリカは一極支配体制を確立し、自由主義を守る世界の警察官として地域紛争を解決したが、紛争国のイデオロギーまで変えるのは無理だった。アメリカは、イスラム教国でこの無理な試みを繰り返し、断固たる覇権国の地位を失った。
宗教と民族の激しい対立
冷戦が終了して10年を経過すると、中国は西太平洋の覇権を目指し、ロシアは石油価格の上昇によって軍事力を回復し、アメリカは海外派兵の失敗が続いたので、内向きの国に変わった。世界が多極化して、どの地域でも宗教と民族の争いが激しくなっている。
チェチェンやグルジアでは、イスラム教徒がロシア軍と戦い、ウクライナでは、キリスト教徒とロシア正教徒が支配権を争っている。中国ではイスラム教の新疆ウイグルや、仏教のチベットで独立運動が激しくなった。中東・アフリカではイスラム原理主義者による内戦やテロが繰り返され、欧米諸国や中国もテロの対象になった。
イギリスやスペインでは地方の独立運動が活発になり、フランスやドイツの反イスラム世論は強まる一方だ。世界は、米中露の覇権争いの上に、宗教と民族の厳しい対立が重なり、100年前と同じような危険な状況にある。