日本動向

静岡新聞論壇 6月19日掲載文

長期雇用の復活のメリット

働きがいと生活の安定感

戦後確立した長期雇用という労使慣行は従業員に対し、働きがいと生活の安定感を与えた。大企業では、仕事が数年毎に変わるので、幾種類かの仕事をマスターし、その間に、会社内の人的関係が広がり、会社全体の動きを感じ取ることできた。また、30才半ばには自分の適性を知り、何人かの上司の評価が加わって、専門分野が決まり、中堅社員として仕事に関する発言力が増し、意見が通るようになる。

こうして、会社経営への参加を実感すると、会社に対する忠誠心が増し、自発的に仕事を広げたり、深めたりして実力を増し、進んでサービス残業する人もでる。

課長に昇進すると、人事評価に部下の育成という項目が入り、評価に占めるそのウエイトは高いのである。かつて、銀行の調査部門では、部下が書いた論文を目立たせるため、単行本にしたり、経済雑誌やテレビに売り込んだりした。自宅で明け方まで調査に熱中する者には、翌日の午後出勤を黙認し、実質的なフレックスタイムを実施して、部下を働き易くし、調査のレベルを向上させたものだった。

大企業では、集団によって大量生産されるので、集団の総合力を向上させることが必要であるが、中小企業では技能が重要である。そこでは細かい製品やサービスが少量生産されるので、数名の従業員の技能水準や指導力が企業の成長を左右する。経験年数が10年近い従業員は生産設備の改良や新製品の開発能力を備え、創造の喜びを感ずるようになる。 非正規社員やパートタイマーは契約期間が限られており、単純作業をマニュアル通りに繰り返すだけなので、作業への改良意欲が湧かない上、その技能を将来如何に生かすか、展望が開けない。彼らは、最も頭脳が柔軟で、複雑な技能を習得したり、知識を広く吸収できる時期を無駄に過ごしている。本人にとっても、日本経済にとっても、取り返しがつかない損失である。

日本の企業は、90年代以降の長期停滞に対して、正規社員の削減、非正規社員やパートタイマーの増加、設備投資の圧縮によって、コストを引き下げ生き残った。しかし、それとともに、日本経済の国際競争力が著しく低下し、また多くの人の才能と幸福を台無しにしたと言えよう。

技能磨かれる「会社人間」

幸い、最近、景気上昇に伴って人手不足が発生し、非正規社員やパートタイマーの正規社員化が進んでいる。長期雇用制度が拡大すれば、従業員の教育育成や上司の部下育成評価等の人事政策が充実するから、日本企業の製品やサービスの質が向上し、賃金コストの上昇をカバーできるだろう。今後、中小企業の発展を支える専門技能者を育成するため、高校と短大を結合した学校制度が必要になるだろう。

学者や評論家の多くは日本経済が世界一の水準になった80年代頃から「会社人間」を批判し、非正規社員こそ「会社社会」から離れた新しい生き方だと評価する人さえいた。サラリーマンが働きつつ、技能向上を喜んでいることを全く知らないのである。

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