中近東動向

静岡新聞論壇 9月26日掲載文

米国の理念とシリア情勢

難しい軍事的制圧

アメリカは、すべての国を民主主義国にするという理念を掲げ、国民はそのために進んで戦う「特別な国」である。歴史が短いので、国家を統一する美しい理念が必要だった。

しかし、今世紀には、アフガン戦争でタリバンに勝てず、イラクでは、担ぎ出したマリキ首相(シーア派)が独裁者になって、スンニ派を弾圧している。アメリカは膨大な戦費と多数の犠牲にもかかわらず、崇高な理念を実現できなかった。

失業者が多いシリアでは、3年前の「アラブの春」に始まった反政府運動が、今や内戦に発展した。多様な宗教・宗派や民族がモザイク状に分布している国であるから、政府は重要ポストを宗派や民族間のバランスを保って配分している。しかし、実質的には、少数民族のアラウィ派(シーア派の一派)が軍部と警察を握り、密告・拷問によって、社会主義的なアサド独裁政権を守っている。

反政府軍は、弾圧されてきた穏健スンニ派、クルド族、過激スンニ派(アルカイダ)等、多様な派閥の集合体であって、それぞれが別個に資金や武器を集めてバラバラに戦っており、内部では勢力争いの戦闘が頻発し、本部を国外に持つ派閥もある。

アメリカは、サリンを使ったアサド独裁政権を倒し、サリンを廃絶したいが、アフガン・イラクのように敵味方が国内に混在している国を軍事的に制圧するのは難しい。

その上、全国土が戦場化している中で、サリンの製造・貯蔵地を探索し、かつサリンの漏洩による大きな被害なしに攻撃するには、魔術師のような技能が必要だ。また、どのような民主的政権を樹立するのかについて反政府軍との合意がない。そもそも反政府軍を代表する機関が存在せず、下手をすると、イスラム国の樹立を狙うアルカイダが反政府軍を乗っ取り、反米政府をつくりそうだ。

動けない「特別な国」

アメリカは、シリアへのミサイル攻撃態勢を整えたが、リスクが高いので、簡単には発射できない。幸いにも、ロシアがシリアと交渉して、サリンを国際管理下に置くことに同意させた。それによって、オバマ大統領は窮地を脱したが、面子を保つため、シリアがサリンの厳密な国際管理に応じない場合には軍事行動をとると言明している。

ところで、中国経済が急成長し、アメリカ経済が弱くなったので、世界の経済的・軍事的バランスが崩れて、アメリカは、「特別な国」として中東で好き勝手な軍事行動をとれなくなった。これから、サリンの管理について米・ロ・シリアの交渉が長く続くだろう。

シリアは地政学的に中東の鍵になる国であり、世界の主要国では、米英仏とサウジアラビア等のスンニ派アラブ産油国が反政府軍を援助し、ロシア・中国・イランが政府軍を支援している。パキスタンも政府軍支持になりそうだ。アメリカは、政府軍と、反政府軍の中のアルカイダと戦うという複雑な立場に追い込まれている。一刻も早く停戦を実現し、難民と死者の増加を防ぐべきであるが、事態は反対方向に進み、ソマリアのように国家崩壊する恐れがある。

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