中近東動向

静岡新聞論壇 11月26日掲載文

追い詰められた社会の人々

イスラム教徒への差別

追い詰められると、社会から人間性が失われる。日本では第二次大戦末期に、「特攻」という自爆攻撃によって8千人の若い命が散り、日本の軍隊は、世界で唯一、全滅するまで戦い、天皇のために敢行した。

1970年代、日本経済が世界のトップ水準に近づき海外進出を開始した頃、新左翼はもはや支持者を失い、追い詰められた。過激派の一派は、海外進出をアジア侵略だと断定して三菱重工をはじめ、大企業8社の本社を爆破攻撃して、世界を驚かせた。

他の過激派は、北朝鮮に世界革命の拠点を建設すべく「よど号」をハイジャックし、またパレスチナで日本赤軍を設立して、テルアビブ空港で一般市民に対して無差別テロを実行した。それは、前代未聞の事件であり、衝撃的なニュースとして世界に伝えられた。

私は、その頃、頻繁に中東へ出張していたが、現地では、「カミカゼ」や「セキグン」を評価する人が少なくなかった。アメリカは日本赤軍を国際的テロ組織と断定した。

ところで、パリの同時テロの背景には、追い詰められたイスラム教市民の存在がある。フランスは文化同化主義を標榜し、国民は全て、民族に関係なくそれぞれ独立した平等な個人として存在するはずだ。しかし実際には、人口の10%近いイスラム教徒が一括りにされて社会的差別を受け、経済が低迷する中で、若い移民3世の失業率は50%を超している。

1980年代終わりに、スカーフ論争が起きた。フランス人のイスラム教批判は、男性が妻や娘を室内に閉じ込め、外出時にはスカーフを付けさせるのは、人権という普遍的価値を踏みにじっている、という点にある。後に公立学校におけるスカーフ着用は実質的に禁止された。

イスラム教徒にとっては、コーランの教えが絶対的であって、それに反する行動は自己の存在否定になる。移民三世は自分の国であるフランスから、就業・宗教の両面で拒絶され、人生に絶望感を抱いている者が少なくない。その上、「アラブの春」以降、祖父の国は、独裁的統一者を失って溶融し、多くの人が難民として、ヨーロッパに流入しているので、移民過剰となりつつあり、彼らは追い詰められている。

希望持てるビジョンを

イギリスやドイツは、多文化主義を実施し、民族ごとに固有の文化を維持することを認めているが、実際には大きな差別があり、フランスと同様にイスラム教徒問題に苦しんでいる。パリの同時テロによって、キリスト教世界では、イスラム教徒に対する疎外が一層強まったので、今後、テロが拡大しそうだ。

20年前にオウム真理教が、世界で初めて同胞に対する無差別テロでサリンを使用し、世界を驚嘆させた。現在の日本は、少子高齢化に伴って活力を失い、また生活水準が向上したので、表面的には優しく穏やかな国に変わった。しかし、巨大企業の不正行為、貧富の格差拡大、中国の膨張等に押されて、将来を展望できない疲労感が社会システムを脆弱化しているので、テロの世界的な広がりに刺激され、発作的な大量殺人事件が発生しないとも限らない。

政府は、国民が将来に明るい希望を持てる長期ビジョンを作成し、同時に、多くの既得権益を排除して、国民の信頼を得ることが重要だ。

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