中近東動向

10月1日

悲惨なシリア戦争の行方

1. スンニ派とシーア派の決戦(シリアの内戦)

地中海の西部に位置する三日月型の大シリアでは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が誕生し、栄枯盛衰を繰り返したので、多民族が複雑に混住している。
そこでは、現在、シリア、イラク、ヨルダン、レバノン、イスラエル、パレスチナの6つの国が、寄せ木細工のように微妙なバランスを保って存在している。それは1次大戦後、イギリスによって、シーア派とスンニ派がそれぞれ団結し大国に発展しない、巧みに国境が定められた結果である。
シリアは古くからキリスト教徒が多く、有名なウマイヤ・モスクはキリスト教会だった。またイスラム教でも、スンニ派、ドゥルーズ派、シーア派、アラウィー派(シーア派の一派)などいろいろな宗派が共存した。現在は、人口のわずか十数%を占めるアラウィー派が政権を握っている。前アサド政権(現在にアサド大統領の父)は、国家の統一を保つため、30年前にスンニ派信者を大量虐殺し、現在まで、アサド政権の独裁が続いている。

シリアでは、11年始めから、「イスラムの春」のムードに乗り、また失業が多いスンニ派の若者が中心になり、反政府運動が活発になった。アサド独裁政権はこれを徹底的に弾圧し、やがて激しい内戦に変わった。
普通の戦争では、正規軍が戦い、和平交渉が成立すれば、すぐ停戦になる。ところが、多宗教や多民族の國の内戦は、歴史的な恨みをもった民兵の戦いであり、その上、司令部を欠いているので、戦いは、どちらかが決定的に負けるまで続く。シリアはそういう事態になった。
イラク戦争の時、米軍は、開戦間もなく、フセイン政府の指揮下にあったスンニ派の軍隊を追放して勝利宣言をした。職を失ったスンニ派兵士は民兵となってシーア派の住民を襲い、それに対して、シーア派民兵がスンニ派の住民を攻撃した。米軍はイラクの秩序を維持するため、両派の民兵と10年近くも戦い続けた。
シリアでは、アサド政権の軍隊が、スンニ派の脱走兵と民兵が合流した自由シリア軍と戦い、無秩序な殺戮が繰り返されている。自由シリア軍は、脱走兵と失業者の集まりであって統一された司令部がない。約100のグループがばらばらに戦っている。住民を襲う強盗民兵も多い。

内戦は、どちらかが決定的な打撃を受けるまで続く可能性が大きい。イスラム国では、アメリカは毛虫のように嫌われ、英、仏、独のヨーロッパ列強は200年近い侵略の歴史によって憎まれている。もはや彼等の出る幕がない。

2. 欧米・中ロの「新グレートゲーム」

自由シリア軍はサウジアラビアやバーレン等、周辺のスンニ派政府の国から武器援助を受け、次第に強くなり、ダマスカスをゲリラ攻撃するようになった。 もし、自由シリア軍が優勢になった場合には、主導権争いの新内戦が始まり、スンニ派の原理主義の軍が勝って、強力な政権が生まれる可能性がある。

ところで、シーア派の勢力は、最近強くなった。シリアと南西で国境を接するイラクはシーア派の政権に変わった。南東で接するレバノンでは30%がシーア派であって、武装した強力なシーア派民兵のヒズボラがいる。パレスチナで支配的な力を備えたハマースは、シーア派と関係が良い。

アラビア湾岸の産油國やサウジアラビアの油田地帯ではシーア派人口が多い。バーレンでは多数派のシーア派が激しい反政府デモを起こし、スンニ派の政府はサウジアラビアから軍事的援助を受けて、やっと鎮圧した。シーア派の南北に長い帯における北の拠点がシリアである。シーア派の中核国イランは、反米・反イスラエルに徹しており、親米的なサウジアラビアやAEUを憎んでいる。
欧米諸国は、イランの発電用ウランの濃縮工場計画を核兵器用の濃縮ウランの生産だと判断して経済封鎖を続け、イラン経済は大きな打撃を受けているが、屈服する様子がない。

イランの周辺国のイスラエル、インド、パキスタンから中国、北朝鮮まで核兵器を持ち、アメリカはそれを認めている。核兵器がないイランは酷く不利である。カダフィーは核兵器計画の放棄を声明した時、欧米軍に攻撃され、殺害された。

アメリカは、イランが核兵器を所有して、シーア派の影響力が拡大することを恐れている。イスラエルはイランの濃縮工場への攻撃を準備している。欧米諸国は自由シリア軍を公然と支持し、アサド政権の退陣を要求し、かつイランに対する経済封鎖を一段と強めているが、それらが成功した後の展望を欠いている。
もし、シリアにスンニ派原理主義の政権が生まれ、その刺激によって、周辺のスンニ派諸国が原理主義に変わった時には、アサド大統領を支持していたシーアは、皆殺しにされる。イランは覚悟を決めて核濃縮プラントを完成し、核をバックにしてシリアの新内戦に介入し、シーア派の勢力を守るだろう。アメリカはイランに対して、経済封鎖の上に軍事的圧力をかける。イランはホルムズ海峡への機雷投下で応ずる可能性が大きい。

この危険な状態に対して、2つの動きが起きた。1つは中ロ両国のシーア派支援である。両国は、国連常任理事会でアメリカが提案するアサド退陣要求決議に対して、拒否権を使い反対した。中ロ両国の狙いは、アサド政権のバックにいるイランへの援助である。
中国は、長期的に石油不足国であり、大産油国イランと密接な関係を保ちたい。現在、イランとパキスタン国境に原油を積み出せる大型港湾設備を建設中であり、また大量な武器を販売している。ロシアは、昔から南下政策を試みており、イランへの侵出は永年の目標だ。その上、ロシアは、シリアと経済的軍事的関係が深く、核技術を輸出し、またウラン濃縮を引き受けようとした。シリアに軍港をもっている。また ロシアはチェチェン等、国内の自治区におけるイスラム教徒の反乱の都度、国連が介入する恐れを除いておきたい。

ところで、もしサウジアラビアからシリアまでのアラブ大産油地帯がスンニ派で纏まり、その上に、エジプトが加わったならば、経済的・軍事的に強力になる。アメリカは、そこでは影響力を増やし、イスラエルを守りたい。

中ソ両国は、スンニ派の中東制覇に対抗するため、イランを中心としたシーア派グループを支援している。シリアの隣国・トルコはNATOの一員であって、反アサドのスンニ派国である。これに対して、イランは中国・ロシアが中心になっている上海協力機構のオブザーバーであって、シリア・イランは、「欧米と中ロ」および「スンニ派とシーア派」がぶつかり合う「新グレートゲーム」の舞台になった。

3. イスラム国による解決

もう一つの動きは、12年の夏に、エジプトのムルシ大統領が、非同盟諸国会議に出席のため、エジプト大統領としては33年ぶりにイランを訪れ、イラン大統領と握手した。わずか3時間の滞在であったが、画期的な出来事だ。

シリアの内戦で自由シリア軍が、サウジアラビアなどのスンニ派の諸国の支援を受けて強力になった。それはバラバラな戦闘グループであるが、次第に、悪質なグループが淘汰され、スンニ派原理主義の強い政権に纏まり、数年後には、アサド大統領を支持するシーア派を抹殺する可能性がある。

こうした緊張が高まった時、エジプトのムルシ大統領はイラン大統領と会った。ムルシ氏は穏健なスンニ派で反アサドである。スンニ派原理主義者がシリアを制覇して、周辺のスンニ派の国民を刺激して、イスラエルと戦争を起せば、大戦争に発展する可能性が大きい。
彼は中東の4大国、サウジアラビア、イラン、トルコ、エジプトが協力し、シリア内戦を終結させたいと考えている。近代国家の新興国トルコと、温和なイスラム民主主義のエジプトが協力すれば、危機は避けられそうだ。

とにかく、欧米諸国は、中東に介入する力を失い、中東問題はイスラム国が中心になってで解決する時代になった。

ページのトップへ