日本動向

静岡新聞論壇 11月12日掲載文

成長戦略は賃金引き上げ

長期雇用で技能習得

工業国の主力企業の経営者には、内部昇進者が多く、また生産現場の担い手は長期雇用者であり、特に日本ではその傾向が強い。

大企業の社員は、入社後、約3~4年ごとに職場を異動し、10年を経過する頃、担当する仕事に関連した幅広い技術を身につけ、中核社員になる。ブルーカラーは、例えば、組みラインに10種類の作業があると、10年間で3種類ぐらいの作業のベテランになり、頻繁に開かれる現場打ち合わせを通じて、ライン全体の仕事の流れを熟知する。その結果、小さなトラブルでも、いち早く発見し、ラインを止めずに解決できるので、ラインの稼働率が高く維持され、生産性が高い。

新しいラインを建設する時には、約10人の特別チームが形成され、2人程度の熟練ブルーカラーがメンバーに選ばれ、現場作業の立場から、働きやすくするため、設計の改良を主張する。彼は、経営の一端に参加し、働きがいを感ずるのである。

また、コンビニでは、スーパーバイザーが重要である。労働経済学者の小池和男氏によると、セブン・イレブンでは、新入社員は約1年の研修と、2年半の直営コンビニ店の副支店長を勤務の後、スーパーバイザーとして7店ぐらいのコンビニ店を受け持つ。毎週2回、各コンビニ店主と、POS(販売時点情報管理)による品目別売り上げの推移を検討し、2時間ぐらいかけて、次の3~4日間の仕入れ商品を決める。スーパーバイザーは、担当地区が数年毎に変わり、広い地域における消費者の特性を知り、最適な店舗を描けるようになって、経営者としての知見を習得する。

ところが、最近では、非正規労働者が雇用者全体の40%近くを占めるようになった。その理由には、IT化によって中間社員が減ったこと、好不況に応じて従業員を増減できることがあげられる。

正社員化のメリット

非正規労働者は、単純作業を繰り返すだけであって、社内教育を受けず、社内異動がないので、能力のある人でも能力を伸ばせない。実質賃金は、1990年代半ばをピークにして、低下の一途を辿っている。その原因は、非正規労働者の増加であって、今や年収400万円以下の人が総勤労者の45%を占め、200万円以下の人も少なくない。彼らは結婚もできない。

ところで、多くの企業は金融緩和・株高や円安に支えられ、過去最高の利益をあげている。海外工場では、日本と同じように、現地の長期雇用の熟練工を経営に参加させて、モチベーションを高め、収益を上げている。しかし、国内では少子化・高齢化の進行とともに、需要の先行きが不安になり、企業は設備投資を抑え、非正規社員を増やしている。

夫婦合計で年所得が400万円ぐらいでは子供を育てる余裕がない。もし、それが500万円に達すれば、出生率は上昇するはずだ。子持ちが増えれば、消費は上昇する。それに応じて、企業は投資や雇用を増やすから、消費が増加する。非正規社員が正社員になれば能力が伸び、企業は成長分野へ進出可能になり、所得と消費が拡大するだろう。賃金引き上げは、最も重要な長期的成長戦略と言えよう。

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