価値総研「Best Value」

2004年10月

アメリカ経済の拭えない不安

力ずくの景気上昇

世界経済は、2001年には、ITバブルの崩壊ともに不振に陥ったが、02年から回復し始め、翌年の後半から急激な上昇を続けた。しかし、ごく最近には、上昇スピードが少し衰え始めた。

世界経済の成長をリードしたのは、アメリカ経済であり、日本経済も対米輸出の伸びがきっかけで、景気が回復した。ところで、アメリカ経済の最大の欠陥は借金体質である。個人はローンによって、国家は国債の発行によって個人消費や財政支出を拡大して、その結果、アメリカの景気が上昇し、輸入が増大して、世界経済が蘇った。

しかし、アメリカは輸入増加の結果、貿易収支の赤字は累増の一途を辿り、遂に巨大な債務国に転落した。借金経済は何時かは限界につきあたり、調整が必要になるものだ。

01年には、IT産業における過剰投資が一挙に表面化して、IT産業の大型企業がいくつも倒産した。その際、エンロン、ワールドコム、グローバル・クロッシングなど、花形のIT大企業が倒産し、大規模な粉飾決算を続けたことが判明した。アメリカの4大会計事務所の1つであるアンダー・アンダーセンが、エンロンの粉飾決算に協力していたことが判り、同事務所は解体され、アメリカ資本主義の信頼性が揺らぎ、ダウは20%も暴落した。

常識から云えば、アメリカ経済は深刻な不況に落ち込むはずだった。リーディング産業であるIT産業が崩壊し、在来型の製造業の拠点がアメリカから去り、コンピューター・ソフトの生産がインド・中国の企業にアウトソーシングされていた。設備投資は減り、雇用が大幅に縮小していた。

アメリカ経済が、深刻なITバブルの崩壊から立ち直れたのは、個人ローンが激増して、個人消費が増大したからだ。それは極端な低金利政策が実施されたからだ。政策金利(フェデラルファンド誘導水準)は、00年には6.5%だったが、翌年から急激に引き下げられ、03年6月には1.0まで下がり、実質政策金利はマイナス1%を超えた。消費者は、住宅ローンを低金利ローンに借り換えることによって、減少した金利負担分を消費に使うことができた。

また、景気回復とともに、住宅の担保価格が上昇したので、住宅担保ローンの借り入れ枠が拡大した。住宅担保ローンの金利は、担保物件があるから、普通の消費者ローンより、相当低い。このローンが消費に向かった。個人ローンが累増の一途を辿り、ローン残高は、年間の個人所得に匹敵する大きさに急膨張した。

国の借金も増えた。景気刺激のために、財政支出の拡大や大規模な減税が実施され、またイラク戦争によって軍事費が拡大した。今年度の財政赤字は5000億ドルを越えた。過去3年間の赤字累計額は、1兆ドルに達した。それらは何れも国債の増発によって賄われた。

景気の推移を見ると、01年に実質経済成長率は0.8%に下がったが、02年は1.9%、03年は3.0%と順調な上昇過程に乗った。今年の1~3月、4~6月では、それぞれ4.5%、3.3%である。失業率は、今年の8月には、5.4%であり、90年代始めの失業率が7%を越していたことを思えば、素晴らしい経済になったように見える。

際どい不均衡の均衡

アメリカ人は、ローンを増加させることによって、毎年、生産にした以上の物やサービスを消費して、豊かな生活を営むことに慣れ、また、政府は膨大な国債を発行して世界最強の軍隊を維持し、また福祉を充実させることに抵抗を感じなくなった。そうした結果、アメリカは、超輸入大国になり、世界の総輸入額の20%近くを占めている。その経済行動が世界各国の経済回復を助けたのである。日本を始めとするアジア諸国は対米輸出の増大が、景気回復のきっかけになった。

日本の景気が、02年始めから回復した。実質経済成長率は、01年にはマイナス1.2%だったが、以後1.1%、3.2%になり、04年1~3月期には5.6%に上昇した。IT、自動車、鉄鋼など輸出のウエイトが大きい産業では企業の業績が向上し、大企業の多くは史上最高の利益を挙げた。中国は、01年の7.3%から03年の9.2%へ、タイは2.1%から、6.8%へと上昇した因果は巡るものであって、アメリカ人の豊かな生活の皺は、年間6000億ドル近い貿易収支赤字に寄せられている。有り難いことに、ドルは基軸通貨であるから、アメリカ政府はドルをどしどし印刷して、輸入代金を支払うことができる。しかし、それをずっと続けると、ドルが世界に溢れて、何時かはドル価格が暴落する危険性がある。

ところで、日本、中国、アジアNIES等の輸出超過国では、累増した手持ちのドルをアメリカ市場で国債、社債、株式、企業買収などに運用している。それは、アメリカ経済が成長し、物価が安定し、透明性が高い経済システムであり、かつ政治が安定していると信じているからだ。アメリカは、貿易収支の赤字によって世界に散布したドルを、海外諸国が行うアメリカに対する投資によって回収している。

その結果、ドル価格が安定しているが、問題は、海外からのアメリカへの投資残高(つまりアメリカの対外債務)は累増の一途を辿って遂に3兆ドルを超え、GDPの60%に達していることだ。また、国債発行額の40%が外国政府などよって所有されている。

もし、いくつかの投資国が、アメリカが抱える対外債務が大きすぎるので、安全のために、投資をいくらか回収し始めると、他の国も、念のために、少し回収するだろう。こうした行動が累進的に拡大して、間もなく、どの国も、ドルの暴落を恐れて、一斉に投資の回収に走るという事態になりかねない。その結果、実際に、ドルが、暴落する可能性がある。

また、何時か、アメリカの国債価格が暴落して、金利が急上昇するかもしれない。かって、橋本首相は、アメリカ政府があまり酷い差別的な対日輸入制限を課したならば、アメリカ国債を大量に売却するという報復手段もあり得ると発言して、アメリカ政府を激怒させたことがあった。中国政府は、大量のアメリカ国債を持っており、国債の大量売却を外交の手段に使う恐れがないとは云えない。

貿易赤字を対外債務の増大によって、カバーするという際どい均衡を永続させるのは、難しいことだ。

テロと原油価格の高騰

悪いことに、原油価格が急上昇しており、アメリカの貿易赤字はさらに拡大しそうだ。イラク戦争では、アメリカ軍は、ついに大量殺戮兵器を発見できず、戦争の根拠を失った。世界の常識ある人達は、戦争の目的が中東の石油資源に対する支配力の確立にあったことを知っている。暫定政府には、正当性も有効性もないから、石油資源を巡るシーア派、スンニ派、クルト人の内乱は、当分、続きそうだ。

アメリカは世界の信頼を失っただけではなく、テロ集団に、戦う正当性を与えてしまった。

サウジアラビアでは、産業の多角化に失敗し、人口が爆発的に増えているが、それを吸収できる産業が育たないので、失業率が鰻登りに上昇し、社会不安が増大している。ロシア政府は、チェチェンの紛争を抑えきれないだろう。

中東やコーカサスでは、石油に依存した豊かな国や部族・企業と人口の大半を占める貧しい国や部族に分かれており、テロの温床を取り除くのは不可能に近い。これからも、石油施設爆破テロという予想外な武器が威力を発揮しそうだ。

テロとの戦いはアメリカ国内にまで拡大しつつある。アメリカは移民制限を強化し、またアラブ系民族の入国を制限している。アメリカへの投資リスクが拡大し、同時に海外からの優れた頭脳の流入が止まった。ところで、メジャーは原油価格の高騰によって、莫大な利益をあげており、原油価格の高騰の背景には、仮需が存在すると判断しているので、大規模な原油開発には着手しようとしない。高原油価格によって、ドルの不安定な性格が一層はっきりしてきた。

それを避けるために、さし当たって、まず、アメリカの金融当局が金利を引き上げて、景気上昇に伴う物価上昇を抑えて景気に安定感を与えると同時に、海外からの金融資産投資を刺激することが必要だ。しかし、引き上げ巾が大きすぎると、住宅ローン負担が上昇して、個人消費が一挙に収縮し、景気が失速して、ドル資産が売られる可能性がある。手加減が難しいところだ。政策金利は6月から3回も引き上げられ、1,75%になった。グリーンスパーン議長は手加減については、神業の技能を持っている。当面は、景気の安定感を与えることに成功するだろう。しかし、それはドル不安の根本的な解決にはならない。

アメリカと中国の経済摩擦

将来、アメリカに代わって、世界経済のリード役を期待されているのが中国である。中国は貿易大国になり、貿易額(輸出プラス輸入)では、アメリカ、ドイツ、日本に次ぐ第4位であるが、輸入額では、ドイツに相当近く、日本を抜いて第3位である。中国経済は昨年から9%を抜く成長を続け、昨年の貿易額は40%近い伸びだった。貿易の内容は、輸出入とも、機械や電子製品とその部品が中心であり、中国は、高級製品を輸入して、中級製品を輸出している。

ところが、貿易先国を見ると、高級製品は主として日本、EC、台湾などから輸入され、中級製品や繊維品は主としてアメリカ、香港、EC等に輸出している。極端な言い方をすると、中国経済が成長すると、日本から中国へ高級機械設備、電子製品の高級材料や部品の輸出が増え、それを使って生産された大量の低価格の中級品が直接に、また香港経由で、アメリカに輸出されることになる。

アメリカ経済が、ドルの暴落等によって、深刻な不況に落ち込んだ時に、中国経済の成長は日本経済に対しては対米輸出の減少をカバーしてくれるが、アメリカ経済の回復にはほとんど役立たないといえる。また、もし元レートがフロート制になり、ドルに対して2倍近く高くなっても、中級品についての米中間の大きな価格競争力格差は埋まらないだろう。

中国経済が発展し続けると、エネルギー需要が増大し、エネルギー価格が上昇するから、アメリカ経済にとっては、マイナスに働きそうだ。

しかし、中国経済がこのまま急成長を続けることは不可能だ。中国経済の成長を支えているのは巨大な設備投資である。GNPに占める固定資本形成の比率は50%近くに達している。1960年代における日本経済の設備投資主導型の高度成長期でも、その比率は20%強だった。多くの人が、経済見通しについて楽観的であり、かつ資金供給が緩和している時には、過大な設備投資が発生し、需給に歪みが発生しやすい。

中国では、現在、エネルギーや鋼材等の基礎資材の価格が急上昇し、衣類、家電、乗用車などの最終製品価格が低下している。つまり、設備投資に必要な資材が不足し、最終消費財が過剰になっている。間もなく、設備ブームは去るはずだ。中国政府は、過剰な設備投資を抑えようとしている。しかし、機能的な金融システムが形成されていないので、金融引き締めが効きにくい。中国政府は、素材産業に対して、直接に設備投資抑制を要求する等の行政指導を発動している。

間もなく中国経済は調整期に入り、それとともに、日本からの直接投資のスピードが衰え、高級機械・素材・部品の輸出が減るだろうが、中国経済には強烈な輸出プレッシャーが働くはずである。

こうして、考えてくると、アメリカの貿易赤字体質は当分消えそうにない。しかし、アメリカ経済がドルの暴落によって、大打撃を受けたならば、世界経済は深刻な混乱に落ち込むだろう。それを恐れて、日本を始めとする貿易黒字国は、ドルの金融資産を買い続けるはずだという考え方がある。

もう1つの考え方は中東情勢が混乱し、テロが広がり、結局、数年後にドルが暴落するという見通しだ。私は後者のような気がする。

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