欧米動向

10月1日

プロテスタントの経済哲学

1. 自由至上主義

アメリカには、2つの経済思想があった。第1は、経済が停滞して、貧困層が膨張した時には、国家が財政支出を増やすべきである。彼等は救済され、景気は回復する。ケインズ的でリベラルな思想であり、民主等に支持者が多い。だ。
第2は、貧困は自己責任であって、国家が救済に乗り出すのは、自由の侵害だと考える思想だ。この古典派的な「自由至上主義」の考え方が広がってきた。それは共和党の考え方だ。
最近の例をあげよう。オバマ大統領は、国民皆保険制を狙ったが、議会では反対が多く、政府が低所得者に対して民間保険の保険料を援助するという妥協案に落ち着き、2010年にやっと医療改革法が成立した。これによって、医療保険の未加入者数は1700万人に減るはずだ。ところが、2012年度の予算案審議で揉め、オバマ大統領はさらに妥協した。

自由至上主義者が医療改革に反対する根拠は、第1に政府が国民に医療保険加入を押しつけるのは自由の侵害である。医療保険は生命保険や火災保険と同じように一種の保険であって、それに加入するかしないかは、個人の自由である。

国民は、将来の病気の可能性に対して、医療保険に加入する他に、いろいろな選択がある。例えば、1,普段から身体を鍛え、栄養バランスが良い食事をとる。2,病気の時の出費に備えて株式投資や不動産投資等によって資産を蓄積しておく。3,自分や子供に教育に投資して家族全体の所得が増加するよう努力する、4,将来に備えるより現在の生活を大切にする。5、大病しないという予想に賭ける等である。医療保険への強制加入は、国民から選択の自由を奪うものだ。
第2に貧しさは自己責任であり、病気に備えるのも自己責任だ。国家が介入して、巨額な財政資金を投入するのは無駄だ。

第3に、医療保険制度によって、今後、財政支出は急速に拡大するだろう。現在、景気が低迷しているので失業者が多い。また、利益が低い企業は、従業員保険を廃止している。その上に、医療が高度化して1人当たりの医療費が増加傾向にある。財政支出の増加は増税に跳ね返り、国民の勤労意欲を奪う。数千万人の貧しい人を救うために、アメリカ経済全体が大きな損失を被る。

オバマ大統領は、リーマンショックの原因が金融機関の儲け主義の行動にあり、顧客に投機的な融資を誘い、住宅バブルを発生させ、遂に金融危機と世界的な大不況を引き起こしたと考えている。そのため、金融機関の投機的な行動を強く規制する法律(金融規制改革法)を制定した。
自由至上主義者は、政府の規制によって、大きな副作用が発生すると予想している。金融規制が実施されれば、ベンチャー企業に対する金融機関の投融資が減り、技術進歩が遅れ、経済成長の源泉が涸れてくるというのだ。

また最低賃金の引き上げにも反対だ。賃金コストの増大が製品価格の上昇に跳ね返り、需要の縮小と生産の低下によって、失業が増大し、労働者の生活は悪化する。アメリカでは、自由至上主義が建国のプロテスタント精神であり、その考え方が民衆に戻ってきた。

2. 貧困は宿命

プロテスタントの考え方によれば、金持ちは救済され、貧しい人は救済されないことを運命づけられている。従って金持ちが貧民を援助しなくても、神の意志に反したことにはならない。アメリカでは、プロテスタント原理主義といえる福音派が多いから、貧富の格差が問題にならなかった。
高額所得は、救済される可能性が高い証拠であるから、誇るべきことだ。投資銀行や商業銀行の役員が、銀行が赤字経営でも数億円の年俸を悪びれずに貰うのは、この考え方と深く関係している。

成功者の多くは、一生、王侯貴族のような生活を送ることができる。それにも拘わらず、彼らの多くは早朝から深夜まで熱心に働き、普段の食事は簡単だ。質素・勤勉こそ救済の第1条件であるから、豊かな生活をのんびりと楽しめないのだ。

また金持ちになれたのは、本人だけに対する神の恩寵であるから、それを子孫に残すわけにはいかない。真面目なプロテスタントは、神の寵愛に答えるために、資産を社会活動に寄付すべきだと考える。
貧しい人は神の恩寵を得られないという宿命を負っている。彼は不正を働いたわけでも、神がそう決定したから仕方がない。金持ちは神が見捨てた人を救う必要はないと考えている。それにも拘わらず、不幸な人を救う施設に寄付するのは、神の恩寵を確実にするためだ。
貧しい人は気の毒だ。真っ当な教育を受けられないから、貧乏は本人から子供へ、さらに孫へと伝わっていく。貧しい中では道徳を躾られる機会もない。そのため、麻薬依存症や凶悪犯罪人が増え続け、その大部分は若者の男性だ。アメリカは工業国の中で、総人口に占める受刑者の比率が最も高い国であって、200人に1人が刑務所にいる。

貧困の家庭で育ち、犯罪を犯した人は、神からも見放されているから、当然、社会から隔離されるべきであり、それが神の意志だと考えられている。アメリカでは犯罪取り締まりが厳重であり、通報が奨励され、謝金が払われ、警官は凶悪犯に遠慮会釈なく発砲する。

刑罰は重く、最近、誤った証拠によって死刑になるケースが少なくないという理由で、死刑廃止の州が50州中、17州になった。死刑執行のピークは、96年の315件であり、冤罪を恐れて減少したが、それでも、年間40から50件が執行されている。50年とか60年という長い刑期の判決が少なくない。仮釈放なしの終身刑があり、終身刑の墓地は刑務所内と決められている州もある。

多くの学生は金持ちを目指している。貧しくなるのは真っ平だ。そのため実用的な学問に熱心であって、外交や温暖化といった実用に役立たない問題を真剣に考えたりする人は少ない。リーマンショック以前には金融工学が人気の的であり、理工学部の優秀な学生が金融工学を学んで金融界に就職し、詐欺のような金融商品を作った。

3. 経済学より信仰

アメリカは、宗教国家であるから、もともと経済学は宗教から離れていた。アメリカへ最初に移民した人達には、プロテスタント・原理主義の信仰が深く染み込んでいた。大部分の人は聖書を読み、聖書を通じて神と関わり、信仰を深めれば必ず、正しい判断を下せると信じている。彼等にとっては、教育より信仰の方が重要である。

現在でも信心深い人が多い州や地域では進化論の授業を禁止し、妊娠中絶は一種の殺人になる。大統領候補は可能な限り高学歴を隠して、信仰の深さを強調して、票を集める。
オバマ大統領も例外ではなかった。ハーバード大学出身の学歴エリートだが、その経歴には触れず、専ら貧しいケニア移民の息子であり、信仰に厚く、ボランティア活動に熱心だったことを強調した。
東北部と西海岸には、同性愛、妊娠中絶、自由なセックスを認めるリベラルな人が多く住んでいる。リベラルを嫌う人は、そこから南部や中西部の山岳地域に移り、子供に家庭で信仰を教育してる。学問より信仰が大切だ。

プロテスタント・原理主義者にとって、大学は聖書に反した学問を研究しているから、人間の総合的な判断力を低下させる危険性があり、本来望ましい存在ではないのだ。経済学は聖書に反した理論を研究をせずに、経済や企業の発展、個人の利益増大に役立つ研究に限るべきだ。

「我々は救済を信じて勤勉と信仰の生活を続け、神の救済を待っている。大学の先生は、異教徒と混じって、國や社会に金銭的利益をもたらす方法だけを研究をしてくれ」と言うわけだ。

そのため、アメリカではマルクスやハイエックのような壮大な哲学的な体系をもった経済学は拡がらなかった。それは宗教の分野に入り込んでいるからだ。大学では優秀な異教徒を教授に迎え、イデオロギーに関わるような解決不能な問題を避け、客観的に証明可能な分野だけで研究を深めた。

アメリカで活躍した経済学者には、移民や外国人が多い。アメリカ経済学は、イデオロギーとの関係が薄いため、儒教、ヒンズー教、イスラム等の信仰を持った学者でも、ユダヤ・キリスト教の学者と平等な立場で経済理論を論争できる。経済学者の名士録に選ばれている約1000名中で、外国生まれの人は60%を越している。

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